野田首相に決議文を手渡す

   私が会長を務める参議院議員有志による沖縄・本土・米国連携による「沖縄の未来を考える会」では、沖縄基地問題打開に向け精力的に活動を続けておりますが、この度、沖縄における在日米軍基地をめぐり、沖縄の北部・中部・南部の三市町村会が「辺野古沖埋め立ての撤回」と「普天間の即時閉鎖」に関する重要な決議を行ったことを受け、8月2日、その三市町村会の代表を国会に招き首相官邸を訪ね、野田首相に決議文を手渡し、またその機会に議員集会を開催、100名近い国会議員(代理出席を含む)が参加致しました。
   いうまでもありませんが、沖縄における米軍基地問題については、1996年のSACO設置以降、17年を経ても普天間飛行場の危険性を除去することができておりません。普天間飛行場の閉鎖は沖縄の悲願であると同時に、かりに同飛行場付近で深刻な事故が発生すれば、日米同盟の危機となることは必至であります。
   今回上京した三市町村会の代表は以下の通りで、野田首相に手渡した国会議員有志による決議文並びに沖縄三市町村の決議文は下記の通りです。


北部市町村会 (会長)金武町長 儀武剛
北部市町村会 (副会長)本部町長 高良文雄
中部市町村会 (会長)浦添市長 儀間光男
中部市町村会 (副会長)北中城村長  新垣邦男
南部市町村会 (会長)南風原町長  城間俊安
南部市町村会 (副会長) 南城市長 古謝景春

北部市町村会 事務局長 嘉手苅健
北部市町村会 総務振興課長 比嘉克雄
中部市町村会 事務局長 石原昌尚
中部市町村会 総務課長 座喜味保
中部市町村会 浦添市長秘書 島袋才明
南部市町村会 事務局長 大城修
(敬称略)
 
蝗ス莨夊ュー蜩。髮・シ夲シ胆convert_20120809134421蝗ス莨夊ュー蜩。髮・シ夲シ狙convert_20120809134310(100名近い議員が参加した議員集会) 

沖縄市町村会の決議を支持する国会議員決議(案)
   
   民主党参議院議員有志による「沖縄・本土・米国の連携による沖縄の未来を考える会」はこれまで、懸案の沖縄基地問題の早期解決のために、精力的な活動を重ねてきた。
   このような中で、沖縄においては北部・中部・南部の三市町村会において「辺野古移設の撤回」と「普天間の即時閉鎖」に関する重要な決議が行われた。沖縄の負担軽減と普天間の危険性除去に向けては、一刻の猶予もないと考える。
超党派の与野党国会議員有志は、沖縄の想いを重く受け止め、県外、国外を含む普天間飛行場の暫定分散移設を推進するため、政府として新たな決断を行い、米国政府と真剣な協議に入ることを強く求めるものである。
右、決議する。

平成24年8月2日

民主党
国民新党
自由民主党
国民の生活が第一
みんなの党
(衆・参国会議員有志)

螳倬ず險ェ蝠柔convert_20120809134523     (首相官邸で野田首相に決議文を手渡す) 
 
普天間飛行場の早期閉鎖及び返還について

 普天間飛行場は、1996年のSACO合意及び2006年の在日米軍再編協議で日米両政府は全面返還を合意したが、その危険性は16年も放置され続けている。
 その結果、2004年8月13日、同飛行場所属の大型輸送ヘリコプターCH-53Dが沖縄国際大学本館に接触、墜落、炎上した事故は、宜野湾市民及び沖縄県民に大きな不安とこれまでにない恐怖心を与えると同時に同飛行場の危険性を改めて証明した。
 2007年には、日米両政府は「普天間飛行場に係る場周経路の再検討及び更なる可能な安全対策に関する報告書」を発表し、場周経路における軍用機の旋回は、基地内コースを設定したが、実態は現在でも常時民間住宅地上空を旋回しており、発表した経路とは懸け離れている。
 それに伴い、同飛行場に隣接する浦添市、西原町、中城村、北中城村など広範囲の市町村住民が騒音被害と墜落の不安に悩まされている。
 また、ヘリ墜落事故から7年を経た今日では、深夜までの住宅地上空での旋回飛行訓練をはじめ、度重なるF18戦闘機の飛来、垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの配備計画、更には嘉手納空軍と海兵隊の合同訓練の実施など、同飛行場を取り巻く危険性や騒音被害は年々増加し、地域住民から寄せられる悲鳴にも似た基地被害の声もより深刻化している。
 よって、本会は、平成20年5月に「普天間飛行場の危険性の除去及び早期閉鎖・返還」について決議したにも拘わらず、一行に進展のない現状を鑑み、県民の生命、安全及び生活環境を守る立場から、世界一危険な米軍基地である普天間飛行場の早期閉鎖・返還を強く求めると同時に閉鎖及び返還時期を明確にすることを含め決議する。(中部市町村会)

 ★  ☆  ★


北部地域における基地負担軽減と普天間飛行場の辺野古移設の撤回を求める決議


米軍普天間飛行場代替移設先として名護市辺野古が、平成8年の日米特別行動委員会(SACO)で合意がなされたが、16年経過した今なお実現を見ることはなく、普天間飛行場の危険性は放置されたままである。
沖縄の民意は、日米両政府が辺野古移設を合意した当時とは全くことなる情勢にあり、明らかに辺野古への移設を受け入れることはできない状況にある。
日米両政府が辺野古移設を強行に進めることは、北部地域の声を無視し、北部地域に過剰な危険と負担を押しつけることに他ならない。
 よって、北部市町村会は、北部12市町村住民の生命と財産、安心・安全及び生活環境を守る立場から、日米両政府に対して、北部地域における基地負担軽減と普天間飛行場の辺野古移設の撤回を求める。
以上、決議する。
(北部市町村会)

★  ☆  ★


沖縄における米軍基地の負担軽減を求める要請決議

 
国土面積の約0.6%にすぎない狭い沖縄県に、現在も在日米軍専用施設面積の、実に約75%に及ぶ広大な米軍基地が集中している。
 本県における広大な米軍施設・区域の存在は、県民生活、環境、振興開発、地域経済等に様々な影響を及ぼしている。
 日常的に発生する航空機騒音による基地周辺住民の健康への影響や戦闘機・ヘリコプター等米軍機の墜落事故及び油脂類・赤土等の流失、実弾演習による山林火災等、米軍基地に起因する事件・事故等、また、米軍人、軍属等による刑法犯罪の多発など、県民の生活の安全確保や財産保全に大きな不安を与えている。
 広大な米軍基地は、計画的な都市づくりや交通体系の整備、産業用地の確保等、本県の振興開発を推進する上でも大きな制約となっており、さらに、本県周辺には、広大な海域と空域が米軍の訓練区域として設定されていることから、本県は、陸地だけでなく海と空の使用も大きく制限され、漁業はじめ産業経済活動にも多大な支障をきたしている。
 米軍基地問題や日米地位協定の問題は、我が国の外交や安全保障をどう考えるかという極めて全国民的な課題であり、政府及び各地方公共団体、そして国民一人一人が自らの問題として捉えるべき重要な問題である。
沖縄県民は、これまで長年にわたって日本の安全保障のために過重な基地負担を背負い、あまりにも永く大きな犠牲を強いられてきた。
よって、本会は、県民の生活と人権を守る立場から、日米両国政府に対して、沖縄県民と地元関係自治体の声を真摯に受け止め本県における米軍基地の負担軽減に向けた実効性のある政策を早急に講ずるよう強く要求する。
以上、決議する。(南部市町村会)


險倩€・シ夊ヲ具シ胆convert_20120809134606險倩€・シ夊ヲ具シ狙convert_20120809134655首相官邸訪問後、直ちに記者会見)

民主党建て直しの意見書(私案)発表

   私は、民主党筆頭副代表に復帰後、31日に行われた党常任幹事会において、「民主党の建て直しに関する意見書」の私案を提言致しました。
 その内容は、Ⅰ.政党所属議員としての自覚、Ⅱ.なぜ不人気なのか、(1) 民主党の組織原理、(2) マニフェストと基本政策、(3) 日本の政治制度のしばり、Ⅲ.どのように党を建て直すか等、私なりの考えをまとめたもので、 自民党から政治家の経歴をスタートさせ、自民党離党後は新民主党結党に参画、現在もそのまま籍を置き、長年の政治生活を通じて幾つもの政党を見てきた私だけに、現在の民主党という政党が本来もつべき姿について発言する多少の資格があるように思い、以下は、その視点からの民主党の建て直しに関する意見書の全文であります。

Ⅰ.政党所属議員としての自覚
 政権獲得後に限っても、既に少なからぬ数の国会議員が離党した。離党にはそれぞれの理由があるだろうが、一般論としていえば、現職議員の離党は何よりも、有権者に対する裏切りである。衆議院、参議院にかかわらず、現在の議席は民主党の候補として得たものである。本人は、自分の実力で得たと思っているかもしれないが、民主党のブランド、組織的支援態勢、資金、宣伝活動、そして何より有権者の民主党に対する期待によって得られた。更にその背後には、長年にわたり党を自民党に対抗する勢力に育て、国民の期待を膨らませてきた民主党関係者の努力がある。離党は、それらの同志と、有権者への裏切りである。
 私は1993年自民党を離党したが、それは冷戦の終結と右肩上がりの経済の終焉という大きな歴史の曲がり角で、五年にわたる政治改革論議の果ての離党だった。戦後の自民党一党支配のみを許す中選挙区制度を改革し、政権交代可能な二大政党制の新しい政治体制を作るという固い決意と覚悟の下での集団離党だった。我々の決断に対して、国民の熱い期待が盛り上がるのをひしひしと感じた。そしてその後の総選挙では離党グループは大幅に議席を増やし、38年ぶりの非自民党政権を樹立し、その後につながる日本政治の大きな構造転換をなし遂げた。
 そのときに比べると、今回の離党劇は、歴史の必然や国民の期待に応えるというより、民主党の不人気ぶりから逃げ出しているように思われる。政治家としての国家観が感じられないのは残念だ。日頃はスポットライトを浴びることのない議員も、離党届をもって幹事長室に行けば、大勢のカメラマンたちが待ち構えていて、届け出後には自分が主役の記者会見が待ち構えている。そして選挙区で「消費税反対」、「原発反対」を叫べば、よくやってくれたと称賛の声も寄せられる。不人気な民主党に残るより、余程良い選挙運動になるだろう。しかし、それだけのことである。程なくマスコミと有権者の関心は去り、選挙で生き残ることは難しい。政党は、選挙を共同で戦い、政権を獲得して自分たちの政策を成し遂げようとする人々の共通財産である。今はいかに不人気とはいえ、民主党はなお長年かけて築き上げてきた同志と支持者の財産であり、それを大切にし、再生させていくことこそが、国民に対する務めであるとともに、政治家としての歩まねばならない道である。

Ⅱ.なぜ不人気なのか
 目下民主党が不人気であることは間違いなく、我々はこの事実から目を背けることはできない。しかし自民党の支持率が伸びていないことも確かであり、ただ民主党政権が期待外れだった分、次回総選挙での自民党への投票予想が相対的に高くなると想定されているだけに過ぎない。マスコミの調査では、既成政党批判の高いとこにも維新の会への支持が高く、国政選挙では大幅に議席を獲得すると予想する向きもある。しかし小選挙区制度の下、全国津々浦々で二大政党が対峙している現状で、大阪、名古屋、首都圏などを除いて、新党が全国的な大きな拡がりが期待出来るだろうか。きちんと経験を踏まえた政策を堂々と訴えていければ、維新の会など恐れるに足りない。我々としては、民主党を甦らせ、自民党一党支配終焉後の安定的な二大政党制の欧米型政治システムを構築する必要性を、国民にしっかり理解してもらうことが重要だ。
 なぜ不人気なのか。不人気だといって逃げ出す人がいるから、益々不人気になるという負のスパイラルに入っているように見える。執行部は、逃げ出すことは、党は勿論、本人にとっても賢明なことではないことを納得させ、この負のスパイラルを止めなければならない。党を離れて次期選挙に勝利するには余程の蓄積がなければ不可能であることは次期総選挙の結果、明らかに証明されることになる。

(1)民主党の組織原理
 民主党の不人気の原因が、期待が高かったのに政権獲得後十分実績をあげることができずにいることにあるのは間違いがない。更に実績があげられない理由として、民主党の組織原理、バラ色に過ぎたマニフェストと、更に日本の政治制度のしばりの三つが考えられる。

 まず民主党の組織原理の問題から取り上げるが、比較のために自民党の組織原理について述べると、派閥、族議員、官僚依存、当選回数主義、年功序列、全会一致主義である。これらは、政権の独占、利益誘導政治、政官財トライアングル、中選挙区制を前提にした組織原理である。更にその背景として、米ソの冷戦構造(国内政治的には保守対革新)と高度経済成長があるのだ。西側自由主義圏に属する保守政党であることが政権の独占を可能にし、高度経済成長が政治を利益誘導的なものにした。更に同士討ちのある中選挙区制が、派閥と族議員を生み出した。

 民主党は、自民党が有していたこれら組織原理の背景をすべて欠いている。というより、自民党政治の背景が失われたが故に、一党支配、利益誘導政治が否定され、政治改革を経て民主党が生まれ成長してきた。これは日本の政党政治の画期的な側面であった。しかし、自民党の組織原理はそのままでは民主党に適用できず、その結果、体質の異なる二大政党が定着しつつあることは事実である。

 しかし自民党型の組織原理に代わる新しい政党のアイデンティティを、民主党はまだ確立できずにいる。のみならず、自民党型政治を否定する余り、それがもっていたプラスの部分も同時に捨ててしまった。過度の政治主導はよく指摘される点である。それ以外にも、例えば憎まれ役を覚悟で言うが、自民党にはそれなりの秩序とルールがあり党内規律と長幼の序があった。しかし民主党は、若手に高学歴の立派な経歴の議員が多いせいか、合同総会での発言などを聞いていても、まるで節度を逸脱し無法状態になっている。そんなものは、古い時代の遺物だと言われるかも知れないが、しかし組織に規律をもたらすルールとモラルは有意義であるし、それを否定するならそれに代わる規範を確立しなければならない。

 派閥も、その弊害ばかりが指摘されたが、プラスの面もあった。党に組織面でも政策面でも秩序をもたらし、また何より個々の議員の面倒を見てくれる存在で資金の源泉でもあり、人事のよりどころでもあった。民主党でそういう類の組織がほとんど存在しないことが、離党者の発生に繋がっているようにさえ思われる。

 どういう対応が考えられるか。政党にはそれなりの党の序列とカルチャーがなければならない。その点、歴史のある自民党だけでなく、公明党や共産党でも議員の序列や独特のカラーが感じられる。浅い歴史の民主党は右から左まで種々雑多の構成でピンからキリまである。代表が一年ごとに幾度も交代したが、何かあれば、その度々、反対派が出て足を引っ張る。相手をいたわる情や温かみがなく情けない。派閥は難しい問題であるが、同じ政党で同志感を育成し、プロック組織を強化するなどもう少し知恵を出す必要があるだろう。

(2)マニフェストと基本政策
 2009年マニフェストが国民に大きな期待をもたらし、それが政権交代の原動力になったことは間違いない。一方で、実現可能性が十分でなかったために、国民に期待外れの印象を与え、不人気の原因にもなっている。更にマニフェスト遵守が党内の造反や離党の大義名分となり、野党がマニフェスト放棄を迫って、国民の民主党に対する信頼を損ねようしている。マニフェストは現在の民主党の最大の鬼門となっている。

 マニフェストは、「景気を回復し、減税して国民生活をゆたかにします」とか、「生きがいのもてる老後を作ります」など、従来の自民党の選挙公約のように、聞こえがよいだけで実現したかしないかはっきりしないような政策を、しかも総花的に掲げたり、野党はそれに対して財源の裏付けのないバラ色の公約や政策を掲げたりしていたことに対する反省から、数値目標、期限、財源を明記して実現状況がチェックできるようにしたものである。しかし、そのこと事態大変無理なところがあったことを反省しなければならない。

 元祖のイギリスでは、マニフェストで掲げた政策は、選挙で勝利して政権を獲得した場合には、実施する正統性を獲得するが、マニフェストに書いていないことは、してはならないわけではなく、新たに国民への十分な説明の義務が生ずると考えられている。そうでなければ、政治は刻々変化する事態に対応できないからである。従って目下わが国で、マニフェストを遵守したとか棄てたとかの議論が真剣に行われているのは、ある意味で問題だと思う。

 2009年マニフェストの特徴は、野党の作成したマニフェストが、政権のマニフェストになった初めてのケースだった。それだけに、甘い部分があったのは間違いない。無駄を削除しさえすれば財源が出てくるように言ったが、果たして16兆円の財源が出て来たのか。現実にはその無駄にぶら下がって生活している人も多い。無駄は削除しなければならないのは当然だが、簡単に削除できるかのように考えた点に甘さがあったことは否めないだろう。そのような部分は、次回のマニフェストに向けて釈明し正していかなければならない。しかし2009年マニフェストの意義、特にその理念を積極的に国民に説明していく必要があるのではないか。現在は逆に、「ばらまき4K」など、自民党の逆宣伝にうまく使われている。

 重要なことは2009年マニフェストの基本である。国民の生活の重視、税金の無駄遣い根絶、育児優先、コンクリートから人へ、中央集権から地域主権へなどで、これらは民主党の政策の根幹として生かされている。予算や具体的な政策は、自民党時代と比べて様変わりしつつある。「ばらまき4K」の悪口に負けずに、これらをもう少し丁寧に国民に説明しなければならない。

更に大切なことは、次の総選挙に向けてのマニフェストである。解散になってから、いきなりどこからかマニフェストが前回のように降ってくる事態はさけなければならない。過去のマニフェストを遵守するか否かの収拾のつかない議論を繰り返すより、2009年マニフェストの不十分さの自覚と反省の上に立って、今度は政権にある立場から、実現可能で、かつ民主党の基本理念に適ったマニフェストを作ることだ。そのために少数の政策マニアで素案をまとめ、その後全議員が参加して総選挙までに議論することが、現在の民主党にとって最も必要な作業である。

(3)日本の政治制度のしばり
 政権獲得後民主党が十分な成果を上げることができずにいる大きな理由は、参議院のねじれである。このために民主党の政策を自由に実現できる状況ではなくなっていることも事実である。このようなときに、「民主党の政策に従って参議院で修正」と言っても、非現実的なことは自覚しなければならない。

 ねじれは、自民党一党支配が失われた後は、今後どのような政権ができても生じうる。仮に今の野党が政権についても、ねじれに悩まされることになるから、今のうちに野党とねじれの場合の両院の意思調整の仕組みについて協議しておく必要があろう。

 日本の政治制度のしばりで今述べた 1)両院議員協議会の改革の他にも重要な政治課題として 2)行政機関法定主義の見直し 3)衆参両院選挙制度の抜本改革、など、日本政治の根幹にかかわる問題が放置されている。これらの案件は政権政党である民主党政権として問題意識をもって対処しなければならない。将来どの政党が政権をとっても直面する大きな障害であるが、小文では課題外であるのでここでは割愛する。

Ⅲ.どのように党を建て直すか
 これまで述べたことを基に、民主党をどう建て直すかを整理しよう。まず全議員が、民主党によって当選してきたが故に、民主党議員として責務を果たすことを確認する必要がある。特に現在我々は政権党の立場にある。かつての自民党政権下の利益誘導政治と違って、政権党のうま味は減っているが、それでも政権党であるからこそ有権者の期待に応えられる部分は大きい。そのことを自覚するとともに、一方で、特にねじれ下の政権党は、野党に譲らざるを得ない部分も大きいことを理解する必要がある。理想を言っていれば済む野党と違って、政権党は政策を実現する責務がある。そのためには、その代償として野党に譲らざるを得ない事態が生ずる。これを克服するのは、参議院選挙に勝つか、新たな連立で、衆参を通じた多数派になることだが、この点は目下の課題の範囲を超える。

 そのうえで、民主党の組織のあり方を再検討する必要がある。政策決定過程について見直しを行うことになっているが、個人的には自民党の総務会を参考にした仕組み、あるいは、民主党の常任幹事会にある程度の政策決定の権限を与えるなど考えられるのではないか。また知恵を出せば民主党的な政策決定のメカニズムを生み出すことも可能である。

 組織の再検討に当たっては、派閥、族議員、官僚依存などの自民党の組織原理が時代遅れになった自覚のもとに、新しい政党モデルを提示することになる。その場合に必要なことは、全議員の意識改革、党内秩序の確保、議論を盡くすにも限度があり、民主的プロセスを経て「決められない政治」からの脱却をはかり、同志としての歩み寄りの文化、年功序列など、新しい民主党のカルチャーを早急に生み出さねばならない。これらの点については、識者の知恵も借り、しかるべき機関で検討するのが良いのではないか。

 当面最も大切なことは、次回に向けてのマニフェストの準備である。2009年マニフェストの至らなかった部分は率直に認め、政権運営の経験を踏まえて、かつ民主党の基本理念に沿った現実的、具体的なマニフェストを早急に作成することである。

まとめ
 民主党に対して国民の厳しい目が向けられていることは間違いないが、自信喪失に陥る必要はない。今からでも遅くはない、次の勝利を信じて一致結束して頑張ろう。今日までの民主党は利益誘導型の自民党時代に代わる人間中心の政治への転換を目指して国民の支持を得てきた。
最近の世論調査をみても、自民党との支持率の差はあるが僅差であり、射程圏内であるといえる。これでは2005年の郵政解散選挙と2009年の政権交代選挙のような与野党の劇的な選挙結果はありえない。二大政党下での激戦接戦が予想される。私どもとしては民主党を蘇らせ、自民党の一党支配、利権政治の終焉後の安定的な政治システム構築する必要性を国民にしっかり理解してもらう必要がある。
現段階を新たなスタートラインとして全議員が一致結束、火の玉となって戦っていくならば、幾分の議席減は避けがたいとしても、小選挙区制でひっくり返せる選挙区は全国に散在している。総選挙で比較第一党の地位を確保さえすれば新連立構想による政権継続は決して不可能とは言えない。ネバー・ギブ・アップ!!前進あるのみである。

副代表に復帰!ロイター通信インタビュー

   私は、小沢元代表ら49名が離党後の役員人事で民主党副代表に復帰致しました。 
   7月26日にロイター通信のインタビューに応じ、衆議院の解散時期、次期衆院選の大阪維新の会、あるいは小沢新党の動向など私なりの私見を述べさせていただきました。
   衆院解散・総選挙時期については、「年明け早々の1月解散」の可能性を指摘し、自民党などが主張する社会保障・税一体改革関連法案成立後の早期解散は「自爆解散だ」であり、消費増税法案は今国会会期内に確実に成立させ、同法案の成立に政治生命をかけるとして退路を断って取り組んだ野田佳彦首相(民主党代表)の9月民主党代表選では、再選は濃厚であり、当然のことであります。

   インタビューの詳細は以下の通りであります。

<民主党は野党転落、比較第1党は自民に>
NHKの直近7月の世論調査によると、政党支持率は民主党が15.2%、自民党が19.8%と、自民党が民主党を5%ポイント弱上回っている。日本テレビが7月20日─22日に実施した世論調査でも、政党支持率は民主党が政権発足以来最低の14.4%に低下。自民党も前月より低下したが21.5%と民主党支持を上回った。
選挙後の各党勢力図について石井氏は「自民と民主とその他の政党が3分の1、3分の1、3分の1ではないか」とし、最近の世論調査を前提に予測すれば「第1党は自民、第2党が民主、第3党以下が中間政党」と民主党大敗は避けられないと見通した。
躍進が見込まれる「大阪維新の会」については、橋下徹代表(大阪市長)の動静が不透明なことや、国政での問題処理能力が未知数なことを挙げ、支持率上昇は「ご祝儀」と手厳しい。
単独で過半数を獲得する政党はなく、選挙後の政権の枠組みは、第1党と中間政党、第1党と第2党の大連立、「オリーブの木」と称される小政党の集まりなど選択の余地はあるとした上で、石井氏は「自民・公明に、維新の会がくっついているとすると、この3党が与党を形成する可能性が一番高い」との見通しを示した。
自民・民主の大連立については「可能性も否定はできない」としたが、「第1党から総理を出し、第2党から副総理を出して強固な政権のもと、難問を解決しようという機運が起こってくればだ」と語った。
一方、民主党中心に第3極と連携する可能性は「例外的にあるかもしれない」と述べるにとどめ、「民主党は3年政権を取って十分マニフェストも達成されていない。1度、下野する選択の方が(可能性が)高いだろう」と野党転落の可能性を示唆した。

<衆院解散時期「年明け早々」、特例公債法で追い込まれれば「今秋解散」も>
衆院解散・総選挙の時期については「一番濃厚なのは、年明け早々の解散・総選挙」とした。社会保障・税一体改革関連法案成立直後の解散では「(選挙制度改革実現前で)違憲の判決を受ける可能性がある」ほか、民主党が負けることが予想される中での「自爆解散だ」とけん制した。
「秋の解散説」も「特例公債法案など、『解散』を人質にしなければ(法案の成立が)見込めないと追い込まれた場合には、その可能性もある」と語った。その上で、常識的には、特例公債法など残された重要法案を処理し、年末に来年度予算案と税制改正を成し遂げ、来年1月の通常国会冒頭が可能性として一番高くなっているとした。

<消費増税法案は確実に成立へ>
足元、消費税政局は、消費増税を含む社会保障・税一体改革関連法案の採決時期をめぐって与野党の攻防が激化している。法案成立後に、早期の衆院解散を求める自民党などが内閣不信任決議案や首相問責決議案を提出すれば国会の空転は避けられず、野田政権は綱渡りの政権運営を迫られている。
しかも、小沢一郎氏が離党し新党を結成した後も、民主党内からの離党の動きが続き、17日には参議院議員3人が新会派「みどりの風」立ち上げを表明した。これで、参院の民主党会派と第2会派の自民党会派との差は「2人」まで縮んだ。さらに3人が民主党会派を離れれば完全に逆転してしまう事態に、民主党執行部は早期採決に慎重な姿勢を崩していない。
お盆前後の採決日程をめぐって攻防が続くが、石井氏は「消費増税法案は参院で採決し、確実に成立する方向にあると言ってよい」と言明。離党者もこれ以上続かないだろうとしている。
法案に反対しながら党内に残り、増税反対の動きを加速させている鳩山由紀夫元代表についても「そんな恥ずかしいことができるかということだ」と離党の可能性を否定した。

<小沢新党は「大義が薄い」、選挙後は1桁か>
石井氏は政治改革を旗印に自民党を離党し、一時期、小沢一郎氏とともに行動をともにした1人。だが、小沢新党に対する目は厳しい。
小沢新党の「大義は薄い」とし、マニフェストが変わったと主張するのであれば、党の代表や幹事長を務めた小沢氏にも「共同責任」があると指摘。「反消費増税・反原発というが、もともと小沢氏は消費税にも賛成だったし、原発にも賛成だった政治家だ。現実の政権政党にいるものとしては『増税は避けて通れない。原発は必要悪であってもこれをなくすわけにはいけない』ということは皆、大体わかっている。後付けの理由のように見えるため、国民は新党には大きく期待しないという状況になる」と述べた。
その上で、総選挙後は現有の37人から大幅に減り、「当選の可能性が見えるのは5人程度、1桁だろう」と述べ、キャスチングボートを握る大きな勢力にはなりえないと展望した。

BSフジ「プライムタイム」に出演

  私は7月3日(火)、BSフジ「プライムニュース」に出演し、『“小沢一郎”徹底分析 新党・連携見直しは?』をテーマに論陣を張りました。今回は小沢グループが新党を立ち上げた直後でもあり、自民党→新生党→新進党と同じ釜の飯を食い、民主党・自由党の合流、いわゆる『民由合併』を導いた私に白羽の矢が立ったもので、番組内のやりとりは以下の通りですが、多くの視聴者の方から絶賛の声を頂きましたので、この場をお借りして改めてご報告いたします。

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八木キャスター「49人の離党が出たことについては」

石井 一「誠に残念ですね。まあ民主党の醜態をさらけ出したということがありますが、何らかの挽回方法もあるでしょう。これから1つそれを進めていかなければなりませんね。今度消費税に賛成反対って言っていますけれども、私から言えば、それ以前の政局といいますか、やはり体質の違いが露呈したとこういう感じがするんですね。水と油ですよね。その2つのグループの、野田グループとそれから小沢グループは1993年の、19年、20年前に我々は自民党を離党しました。その時は自民党一党体制を破って2大政党制を作る。小選挙区を導入し、細川内閣で政治改革の法案を上げたでしょ。私が特別委員長をやっていましたけど。その時は本当に夢と希望を持って邁進して飛び出したんですよ。ところが、この10年間、小沢一郎さんという人物は、新生党を作り、新進党を作り、果ては自由党を作り、自自公と言って自民党と中まで入っていったわけでしょ。私はその間一切行動を共にしなかったのですが、2003年に民由合併というのがあったんですね。この時に私はたまたま野党統一をまとめる、野党結集委員長というのをやっていたんです。そこで私は小沢さんの所に行きました。『いっちゃん、我々が自民党政権をひっくり返して新しい政治を作ろうと思っている時に、バラバラになっていたら仕方がないよ。一緒にやろう。あんたは50人の党首だ。我々は幼稚で若い者はたくさんいるが、200人を超えている政党だ。一緒になれば次の選挙に勝てるんだ』と言ったのですが、彼はなかなかうんとは言わなかったね」
 
反町キャスター「乗り気じゃなかったんですか?」

石井 一「最初は渋りましたよ。しかし、自分の好きなことをいつまでやるの。日本の国の政治を動かすんなら、当然与党と野党の片割れの中で闘うべきじゃないかということを言いました。その時の代表が菅直人さんでしたからね。菅さんも説得した。ものすごい抵抗があった、両方ともに。民主党の中の抵抗は、現在も顔が全部浮かびますから名前を言ってもいいんですが、小沢さんを入れたらごちゃごちゃにされちゃう、過去ずっとそうじゃないの。我々民主党は純化路線でいくんだと言うんですよ。何が純化路線だ。一緒になって初めて力がつくんじゃないか。私は説得に説得を続けて最後に小沢一郎さんはそれを承諾した。そこで、小沢さん、名前をどうするのか。向こうは自由民主党だけれども、こっちは民主自由党でどうか。名前はどうでもいい。民主でもいいのか、そりゃいいよと。こいつはいいなあ。その次に君の人事はどうするんだ。2人代表というわけにもいかんし、代表代行はと言ったら、何もいらんと言うんです。僕はこの男は大物だと思いましたよ、その時。本当にやるのかと思って僕は注意深く見ていた。ところが、2003年から2006年まで無欲を貫いたんですよ。彼は何も求めず。私はこの男を総理にしてやりたいなとその時思いましたよ。それぐらい腹が据わっていた。言ったことも守った。そうしてその間、菅直人さんから岡田克也さんに変わり、前原誠司さんにまでいったんですよ。その時までただ無役で座っていたんですよ。そこで2006年に彼は堀江Eメール問題で代表に出てきたわけですね。さて、2007年の参議院選で大勝しました。ねじれ国会ができ、民主党は有利な政治的立場に。2009年で政権交代したんですよ。その間、小沢さんは大きな働きをしました。小沢さんが入っていなかったら、政権交代がもう少し遅れていたかもしれないし、あれだけの大勝はなかった。彼はその時代表もやって、代表を降りて鳩山さんと代わって幹事長になり、選挙を指揮していったわけですよ。猪突猛進だったんですよ。政権交代をやったわけです。現在の消費税を上げるや下げるやというのは、もしそういうことを言うのならば、自分がいた時にやればいいわけであって、これは皆共同責任です。政策の問題じゃないですよ。体質が違うんですよ。その時に、民主党の現在主流にいる連中が小沢さんだけは嫌だと言った。私がそうじゃない。一緒にやるということを強く主張しました。両方が妥協した。そしてまとまった。しかし、現在これが起こっているんですね」

八木キャスター「今回の小沢新党をどのように見ていますか?」

石井 一「だんだんと誰かが言っているように、しっかりした側近が少なくなってきている。それから、まだまだ経験の薄い議員ばっかりである。そして選挙地盤が弱い。私は今度の新党にいく心境の1つとして、現在民主党にいてももう次になかなか選挙に展望が立たない。しかし、新しいことをやれば小沢神話と、そして反増税と反原発ということで、何らかのブームが出て来るんじゃないか。自分は比例の選挙区がない。だけれども、新党にいけば選挙区が与えられる、少しでも前進するという。やはり彼らも議員としての議席をキープしたいという願望もあると思いますから。それはやはり動機がかなり違ってきていると思います」
八木キャスター「小沢さんはどうして新党を作ろうとしたのですか?」
石井 一「民主党は自分とは異質なものだな。自分が陸山会事件で苦しんでいる時に、彼は口には出して言いませんが、党に対して自分が汗を流してやってきて、政権交代を果たしたけれども、現在党の主流が自分に与えている試練は、党員資格の無期限停止、判決が出るまでということをやっているわけでしょ。ルールを守るのは重要ですけれど、情を持って人を遇するということもないと、小沢さんとしても、今回の動機だとは言いませんよ。しかし、私から見れば、彼の中にガッとくるものがあったというふうに思いますね」

反町キャスター「小沢新党に将来とか、勝算があると思いますか?」

石井 一「これはまだわかりません。現在のところ、国民の世論を見ても、厳しいものがあります。彼も繰り返し党を立ち上げましたから、国民のサイドから見て、またやるのかというふうになりますけれども、他党との連携と、オリーブの木。オリーブの木の中に、小沢さんの実りがあれするかというか、不透明ですから。今のところ。わかりませんけど、政界の流れ方によってはということはあります。選挙をやりますと小沢新党は苦しいです。その後残る人は何人になるかということを考えましたら、現在の状況だと、小沢一郎さんも顔では笑っていましたけれども、心ではかなり厳しいものを感じでいるんじゃないかなと私は思います」

反町キャスター「議員の中には、小沢さんを1度総理にしてみないかという方がいるんですよね」

石井 一「今度のようなことをせずに、2003年から2006年まで、黙って無役で耐えたような形でやったら、場合によっては代表選挙で勝つチャンスもあったわけですよ。この前200票をとっているんですから。それをこういう形で立ち上がって、野党連合ができるという場合、自ら道を閉ざしちゃったな。1回総理をやらせてもいい男ではないかと思うが、やはり今度の行為はいささか彼にとっては気の毒な行為だったなと思います。いいところまで来ていたんですが、陸山会事件です。これは彼にとって不幸な事件だと思うんです。不起訴になって、検察審査会でさらに起訴されて、それも無罪になって、それでもまた控訴されているわけでしょ。その間やはり代表選挙に刑事被告人は出られないじゃないですか。最も重要な時期にそういう目に遭わせたんですから、私は、それに対しての恩情が少しは民主党にあってもいいと思うんですよね。民主党の原理主義者というのはむちゃくちゃなんですよ。こういうことにはブレないんです。それならマニフェストをもっと守れと言いたいね」

沖縄の中部・北部地町村会合同勉強会で講演

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   私は、5月29日、沖縄県北中城村にあるホテルコスタビスタ沖縄で行われた中部・北部市町村会(23自治体の市町村長及び議長)の勉強会において、「在日米軍基地問題の動向と将来展望」をテーマに、在沖縄米軍基地暫定分散移設案(Tentative Dispersion Relocation Plan)について、講演をさせていただきました。

講演での私の主張内容は下記の通りです。

Ⅰ.普天間の固定化を避けるために                      
   在沖縄米軍基地の最優先課題は、普天間の早期返還である。
   その移設先として辺野古埋立て案が1995年のSACO合意以来、両国政府で長年追求されてきたが、未だに実現されず今後の展望は暗い。仮に近い将来、環境影響評価書の承認、知事の認可が処理されたとしても、幾多の困難な課題が予想される。とりわけ、少なくとも10年と言われている埋立てに要する時間、そしてそれにかかる巨額の経費は大変なものである。 
その間、普天間は固定化されることになるだろう。辺野古の埋立てが現実的に実現困難な状況下においては、普天間の返還を実現させるため新たな解決策を模索していかなければならない。そのための具体的解決策として、従来主張された「嘉手納統合案」ではない、新たな「暫定分散移設案」を提案する。
    基地を県外、国外に移転するためには、その移設先の受け入れの可能性をまず追求しなければならない。そして今日までの非公式な折衝の中でも、県外、国外の基地所有自治体の中に沖縄の負担を分け合おうとする善意が存在することに接して勇気づけられている。新たな角度で沖縄県民および日本国民の善意が結集できれば、この問題は解決できると確信するに至った。
Ⅱ.アメリカ側における最近の政治情勢 
(1) 2011年4月、レビン軍事委員長(民主)、マケイン上院議員(共和党大統領候補)、ウエブ・アジア太平洋小委員長(民主)の3上院議員は、現地を視察した後、辺野古埋立て案は現実的には不可能(unrealistic, unworkable,naffordable)であると断定した。その後、代替案として「嘉手納統合案」を提起しているが、地元沖縄では強い反対意見がありそのままでは受け入れられない現実がある。
(2) 2011年10月、石井一(民主)は、佐藤正久(自民)、大野元裕(民主)の両参議院議員の同行をえてワシントン入りし、これらの有力米上院議員と意見交換を行った。沖縄問題を解決したいとする三上院議員の熱意を感じるとともに、両国政府の硬直的な政策を軌道修正するために協調して行動することを確認した。その後、米上院議員によって在沖縄海兵隊のグアム移転関連予算が二度にわたって上院で全額却下されるなど、現実に両国政府の政策転換へとつながっている。
(3) 米国は今後の米軍の在り方を示す国防戦略指針を示し、今後10年間、規模の縮小と防衛費50兆円以上の削減を行う一方、機動的で柔軟な先進技術を導入し、基地の分散配置を図るなど、アジア太平洋地域の安全保障の観点から米軍再編を全面的に実施している。
(4) 米国防権限法は米軍再編見直しに関して独立機関が計画を査定する報告書を作り米議会に提出することを義務付けている。米政府から委託を受けたCSISマイケル・グリーン上級顧問は5月上旬に訪日し基地を訪ね地元関係者と意見交換しており、6月上旬にはアジア太平洋地域の米軍配置の在り方について分析結果が米議会に報告される予定である。
(5) 4月30日にホワイトハウスにて野田首相とオバマ大統領との首脳会談が行われた。その共同文書は、普天間飛行場の辺野古移設を「唯一有効な解決策」としつつも、その文言の前に「これまでに特定された」と付記し、これから先に新たな移設先の検討がありうると読みとれる表現に修正された。さらに、移設を実現するには沖縄の同意を念頭に、「政治的に実現可能である基準」を満たす必要があると指摘。辺野古移設を「非現実的」と非難し、嘉手納基地への統合案の検討を迫る三上院議員の主張に配慮した。また、野田首相は首脳会談で、「お互いに議会と合意形成をし、緊密なコミュニケーションを取って進めたい」と提起し、これらはオバマ・野田両首脳間で確認された。
(6) SACO合意に基づく普天間移転と辺野古埋立計画の困難さを認識しつつある日米両国政府は、今回の首脳会談において明らかに政策転換の兆しをみせている。
Ⅲ.日本側における最近の政治情勢
(1) 官邸内に斎藤内閣官房副長官を中心に、外務、防衛、財務、内閣府の副大臣クラスの「沖縄に関する諸問題に係る幹事会」が設置されており、沖縄米軍基地問題について意見調整を行い、両国議会とのコミュニケーションの重要性を指摘し、首脳会談に臨む総理への進言に至った。
(2) 与党参議院議員有志によって「沖縄・本土・米国の連携による沖縄の未来を考える会」が発足し、来日したウエブ上院議員と意見交換を行った。また、政府関係者に対しても、普天間の固定化を避けるための「暫定分散移設案」を進言してきた。
(3) 日比議員連盟総会が5月初旬マニラで開催され、二国間の防衛協力や沖縄基地問題が討議された。(民主6、自民5、みんな4、計15名参加)
(4) 訪比した日比議連メンバーを中心に、沖縄基地問題の解決に向けた国会内での動きを加速し、単に与党内にとどまらず、この動きを超党派に広げていくことが現段階で重要である。
(5) 米側が秋ごろまでに再編見直しを行っている間に、日本側より「暫定分散移設案」の中身について、即ち具体的候補地名を提示することが喫緊の課題であり、これに間に合わせることが唯一最も有効な解決策だと思考する。
Ⅳ.暫定分散移設先候補地    
(1) フィリピン
   5月初旬に日本フィリピン友好議員連盟(会長:石井一参議院予算委員長)の国会議員15名がフィリピンを訪問し、アキノ大統領、上・下院議員、政府高官等と意見交換を行った。そして比側議連との間で、共同声明を発表するに至った。
       
                 比日・日比友好議員連盟 共同声明 第8項 (2012.5.4 マニラにて)

両国議員連盟の代表は、両国の防衛当局間及び海上保安機関間の交流及び協力強化の必要性につき議論し、比沿岸警備隊の能力向上のために、日本が多目的巡視船供与、通信システム改善、人材能力強化を積極的に行うことが重要であることを確認した。日本側議連は、日本の自衛隊が比憲法の条文に従って、フィリピン周辺における軍事訓練に参加することが重要であると強調した。また、沖縄の負担軽減のため、米軍の沖縄における訓練を比国を含む複数の地域で交替で実施することを提案した。

   フィリピンは憲法上、外国軍基地は禁止されているが、「訪問米軍に関する協定;Visiting Forces Agreement」に基づく「訪問」は認められており、「バリカタン」と称される共同訓練のための米軍事顧問団や、対テロ戦争のためとしてミンダナオ島サンボアンガ市に常時600名程度の米兵が存在している。
最近の南シナ海における中国の違法行為は目を見張るものがあり、深刻な安全保障上の問題を提起している。比国有の領土であるスカボロー礁への侵略は国際法違反であり、日米比が協力して対処しなければならない。
今後の日比防衛協力体制を進めるため、総会後再度マラカニアン大統領府を訪ね、Michael Frederick L. MUSNGI: Under Secretary for Special Concerns, Office of the President (特別懸案事項担当官房副長官)と会談をもち、日本の防衛省当局との基地に関する直接交渉を進めてもらうことになっている。今後の交渉によっては、当初は訓練基地としてスタートし、その後拡大していくことは可能である。

(2) グアム・アンダーセン空軍基地
 6000ヘクタール、駐在米兵2000人

(3) テニアンおよび北マリアナ諸島
   駐在米軍基地は存在しないが、島の北部は軍用地となっている。面積は約6000ヘクタール、4本の滑走路がある(その内3本はジャングル)。北マリアナ諸島にも可能性を追求できるのではないか。

(4) その他外国基地(ハワイ、オーストラリア、米本土、韓国ほか)

(5) 横田基地など、国内に存在する米軍基地
   横田;約700ヘクタール、文民共用化を東京都が希望

(6) 日本周辺の島礁部の活用
   これまでに提唱された島々で、緊急時の補助滑走路などの建設も地元が許せば可能である(徳之島、馬毛島、宮城島、下地島、伊江島、その他)

(7) 全国基地協議会の中で理解ある自治体
   再編に関係する米軍基地等の所在する55市町村に平成18年11月、理解の取付を実施した。その結果は、「容認またはやむを得ない」等、理解を示した地方公共団体が38(8都道県30市町村)であった。

Ⅴ.結論
 米軍が全世界に展開している戦力(総兵力160万人、総予算60兆円)の大々的な再編成をしているこの機を逃すことなく、日本政府、国会、そして沖縄が一体となって沖縄の基地負担軽減に向けて取り組んでいかなければならない。
 最終的には世界戦略の安全保障上の問題としてアメリカ国防総省が再編計画を最終決定するものであるが、我が国としては国外、県外の候補地を米側に提案してその選択を求め、同時に地元である沖縄の、これまでの恩讐を乗り越えた新たな見地からの理解がなによりも肝要である。
   戦後の沖縄の基地の歴史と変遷をみるとき、わずか0.6%の領土に74%の基地を押し付け、沖縄県民には不毛と苦難を強いてきたことへの深い反省の上に、新たな決意をもって、この最大そして最後の機会を逸することなく問題解決に邁進すべきである。