BSフジ「プライムタイム」に出演

  私は7月3日(火)、BSフジ「プライムニュース」に出演し、『“小沢一郎”徹底分析 新党・連携見直しは?』をテーマに論陣を張りました。今回は小沢グループが新党を立ち上げた直後でもあり、自民党→新生党→新進党と同じ釜の飯を食い、民主党・自由党の合流、いわゆる『民由合併』を導いた私に白羽の矢が立ったもので、番組内のやりとりは以下の通りですが、多くの視聴者の方から絶賛の声を頂きましたので、この場をお借りして改めてご報告いたします。

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八木キャスター「49人の離党が出たことについては」

石井 一「誠に残念ですね。まあ民主党の醜態をさらけ出したということがありますが、何らかの挽回方法もあるでしょう。これから1つそれを進めていかなければなりませんね。今度消費税に賛成反対って言っていますけれども、私から言えば、それ以前の政局といいますか、やはり体質の違いが露呈したとこういう感じがするんですね。水と油ですよね。その2つのグループの、野田グループとそれから小沢グループは1993年の、19年、20年前に我々は自民党を離党しました。その時は自民党一党体制を破って2大政党制を作る。小選挙区を導入し、細川内閣で政治改革の法案を上げたでしょ。私が特別委員長をやっていましたけど。その時は本当に夢と希望を持って邁進して飛び出したんですよ。ところが、この10年間、小沢一郎さんという人物は、新生党を作り、新進党を作り、果ては自由党を作り、自自公と言って自民党と中まで入っていったわけでしょ。私はその間一切行動を共にしなかったのですが、2003年に民由合併というのがあったんですね。この時に私はたまたま野党統一をまとめる、野党結集委員長というのをやっていたんです。そこで私は小沢さんの所に行きました。『いっちゃん、我々が自民党政権をひっくり返して新しい政治を作ろうと思っている時に、バラバラになっていたら仕方がないよ。一緒にやろう。あんたは50人の党首だ。我々は幼稚で若い者はたくさんいるが、200人を超えている政党だ。一緒になれば次の選挙に勝てるんだ』と言ったのですが、彼はなかなかうんとは言わなかったね」
 
反町キャスター「乗り気じゃなかったんですか?」

石井 一「最初は渋りましたよ。しかし、自分の好きなことをいつまでやるの。日本の国の政治を動かすんなら、当然与党と野党の片割れの中で闘うべきじゃないかということを言いました。その時の代表が菅直人さんでしたからね。菅さんも説得した。ものすごい抵抗があった、両方ともに。民主党の中の抵抗は、現在も顔が全部浮かびますから名前を言ってもいいんですが、小沢さんを入れたらごちゃごちゃにされちゃう、過去ずっとそうじゃないの。我々民主党は純化路線でいくんだと言うんですよ。何が純化路線だ。一緒になって初めて力がつくんじゃないか。私は説得に説得を続けて最後に小沢一郎さんはそれを承諾した。そこで、小沢さん、名前をどうするのか。向こうは自由民主党だけれども、こっちは民主自由党でどうか。名前はどうでもいい。民主でもいいのか、そりゃいいよと。こいつはいいなあ。その次に君の人事はどうするんだ。2人代表というわけにもいかんし、代表代行はと言ったら、何もいらんと言うんです。僕はこの男は大物だと思いましたよ、その時。本当にやるのかと思って僕は注意深く見ていた。ところが、2003年から2006年まで無欲を貫いたんですよ。彼は何も求めず。私はこの男を総理にしてやりたいなとその時思いましたよ。それぐらい腹が据わっていた。言ったことも守った。そうしてその間、菅直人さんから岡田克也さんに変わり、前原誠司さんにまでいったんですよ。その時までただ無役で座っていたんですよ。そこで2006年に彼は堀江Eメール問題で代表に出てきたわけですね。さて、2007年の参議院選で大勝しました。ねじれ国会ができ、民主党は有利な政治的立場に。2009年で政権交代したんですよ。その間、小沢さんは大きな働きをしました。小沢さんが入っていなかったら、政権交代がもう少し遅れていたかもしれないし、あれだけの大勝はなかった。彼はその時代表もやって、代表を降りて鳩山さんと代わって幹事長になり、選挙を指揮していったわけですよ。猪突猛進だったんですよ。政権交代をやったわけです。現在の消費税を上げるや下げるやというのは、もしそういうことを言うのならば、自分がいた時にやればいいわけであって、これは皆共同責任です。政策の問題じゃないですよ。体質が違うんですよ。その時に、民主党の現在主流にいる連中が小沢さんだけは嫌だと言った。私がそうじゃない。一緒にやるということを強く主張しました。両方が妥協した。そしてまとまった。しかし、現在これが起こっているんですね」

八木キャスター「今回の小沢新党をどのように見ていますか?」

石井 一「だんだんと誰かが言っているように、しっかりした側近が少なくなってきている。それから、まだまだ経験の薄い議員ばっかりである。そして選挙地盤が弱い。私は今度の新党にいく心境の1つとして、現在民主党にいてももう次になかなか選挙に展望が立たない。しかし、新しいことをやれば小沢神話と、そして反増税と反原発ということで、何らかのブームが出て来るんじゃないか。自分は比例の選挙区がない。だけれども、新党にいけば選挙区が与えられる、少しでも前進するという。やはり彼らも議員としての議席をキープしたいという願望もあると思いますから。それはやはり動機がかなり違ってきていると思います」
八木キャスター「小沢さんはどうして新党を作ろうとしたのですか?」
石井 一「民主党は自分とは異質なものだな。自分が陸山会事件で苦しんでいる時に、彼は口には出して言いませんが、党に対して自分が汗を流してやってきて、政権交代を果たしたけれども、現在党の主流が自分に与えている試練は、党員資格の無期限停止、判決が出るまでということをやっているわけでしょ。ルールを守るのは重要ですけれど、情を持って人を遇するということもないと、小沢さんとしても、今回の動機だとは言いませんよ。しかし、私から見れば、彼の中にガッとくるものがあったというふうに思いますね」

反町キャスター「小沢新党に将来とか、勝算があると思いますか?」

石井 一「これはまだわかりません。現在のところ、国民の世論を見ても、厳しいものがあります。彼も繰り返し党を立ち上げましたから、国民のサイドから見て、またやるのかというふうになりますけれども、他党との連携と、オリーブの木。オリーブの木の中に、小沢さんの実りがあれするかというか、不透明ですから。今のところ。わかりませんけど、政界の流れ方によってはということはあります。選挙をやりますと小沢新党は苦しいです。その後残る人は何人になるかということを考えましたら、現在の状況だと、小沢一郎さんも顔では笑っていましたけれども、心ではかなり厳しいものを感じでいるんじゃないかなと私は思います」

反町キャスター「議員の中には、小沢さんを1度総理にしてみないかという方がいるんですよね」

石井 一「今度のようなことをせずに、2003年から2006年まで、黙って無役で耐えたような形でやったら、場合によっては代表選挙で勝つチャンスもあったわけですよ。この前200票をとっているんですから。それをこういう形で立ち上がって、野党連合ができるという場合、自ら道を閉ざしちゃったな。1回総理をやらせてもいい男ではないかと思うが、やはり今度の行為はいささか彼にとっては気の毒な行為だったなと思います。いいところまで来ていたんですが、陸山会事件です。これは彼にとって不幸な事件だと思うんです。不起訴になって、検察審査会でさらに起訴されて、それも無罪になって、それでもまた控訴されているわけでしょ。その間やはり代表選挙に刑事被告人は出られないじゃないですか。最も重要な時期にそういう目に遭わせたんですから、私は、それに対しての恩情が少しは民主党にあってもいいと思うんですよね。民主党の原理主義者というのはむちゃくちゃなんですよ。こういうことにはブレないんです。それならマニフェストをもっと守れと言いたいね」