沖縄の中部・北部地町村会合同勉強会で講演

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   私は、5月29日、沖縄県北中城村にあるホテルコスタビスタ沖縄で行われた中部・北部市町村会(23自治体の市町村長及び議長)の勉強会において、「在日米軍基地問題の動向と将来展望」をテーマに、在沖縄米軍基地暫定分散移設案(Tentative Dispersion Relocation Plan)について、講演をさせていただきました。

講演での私の主張内容は下記の通りです。

Ⅰ.普天間の固定化を避けるために                      
   在沖縄米軍基地の最優先課題は、普天間の早期返還である。
   その移設先として辺野古埋立て案が1995年のSACO合意以来、両国政府で長年追求されてきたが、未だに実現されず今後の展望は暗い。仮に近い将来、環境影響評価書の承認、知事の認可が処理されたとしても、幾多の困難な課題が予想される。とりわけ、少なくとも10年と言われている埋立てに要する時間、そしてそれにかかる巨額の経費は大変なものである。 
その間、普天間は固定化されることになるだろう。辺野古の埋立てが現実的に実現困難な状況下においては、普天間の返還を実現させるため新たな解決策を模索していかなければならない。そのための具体的解決策として、従来主張された「嘉手納統合案」ではない、新たな「暫定分散移設案」を提案する。
    基地を県外、国外に移転するためには、その移設先の受け入れの可能性をまず追求しなければならない。そして今日までの非公式な折衝の中でも、県外、国外の基地所有自治体の中に沖縄の負担を分け合おうとする善意が存在することに接して勇気づけられている。新たな角度で沖縄県民および日本国民の善意が結集できれば、この問題は解決できると確信するに至った。
Ⅱ.アメリカ側における最近の政治情勢 
(1) 2011年4月、レビン軍事委員長(民主)、マケイン上院議員(共和党大統領候補)、ウエブ・アジア太平洋小委員長(民主)の3上院議員は、現地を視察した後、辺野古埋立て案は現実的には不可能(unrealistic, unworkable,naffordable)であると断定した。その後、代替案として「嘉手納統合案」を提起しているが、地元沖縄では強い反対意見がありそのままでは受け入れられない現実がある。
(2) 2011年10月、石井一(民主)は、佐藤正久(自民)、大野元裕(民主)の両参議院議員の同行をえてワシントン入りし、これらの有力米上院議員と意見交換を行った。沖縄問題を解決したいとする三上院議員の熱意を感じるとともに、両国政府の硬直的な政策を軌道修正するために協調して行動することを確認した。その後、米上院議員によって在沖縄海兵隊のグアム移転関連予算が二度にわたって上院で全額却下されるなど、現実に両国政府の政策転換へとつながっている。
(3) 米国は今後の米軍の在り方を示す国防戦略指針を示し、今後10年間、規模の縮小と防衛費50兆円以上の削減を行う一方、機動的で柔軟な先進技術を導入し、基地の分散配置を図るなど、アジア太平洋地域の安全保障の観点から米軍再編を全面的に実施している。
(4) 米国防権限法は米軍再編見直しに関して独立機関が計画を査定する報告書を作り米議会に提出することを義務付けている。米政府から委託を受けたCSISマイケル・グリーン上級顧問は5月上旬に訪日し基地を訪ね地元関係者と意見交換しており、6月上旬にはアジア太平洋地域の米軍配置の在り方について分析結果が米議会に報告される予定である。
(5) 4月30日にホワイトハウスにて野田首相とオバマ大統領との首脳会談が行われた。その共同文書は、普天間飛行場の辺野古移設を「唯一有効な解決策」としつつも、その文言の前に「これまでに特定された」と付記し、これから先に新たな移設先の検討がありうると読みとれる表現に修正された。さらに、移設を実現するには沖縄の同意を念頭に、「政治的に実現可能である基準」を満たす必要があると指摘。辺野古移設を「非現実的」と非難し、嘉手納基地への統合案の検討を迫る三上院議員の主張に配慮した。また、野田首相は首脳会談で、「お互いに議会と合意形成をし、緊密なコミュニケーションを取って進めたい」と提起し、これらはオバマ・野田両首脳間で確認された。
(6) SACO合意に基づく普天間移転と辺野古埋立計画の困難さを認識しつつある日米両国政府は、今回の首脳会談において明らかに政策転換の兆しをみせている。
Ⅲ.日本側における最近の政治情勢
(1) 官邸内に斎藤内閣官房副長官を中心に、外務、防衛、財務、内閣府の副大臣クラスの「沖縄に関する諸問題に係る幹事会」が設置されており、沖縄米軍基地問題について意見調整を行い、両国議会とのコミュニケーションの重要性を指摘し、首脳会談に臨む総理への進言に至った。
(2) 与党参議院議員有志によって「沖縄・本土・米国の連携による沖縄の未来を考える会」が発足し、来日したウエブ上院議員と意見交換を行った。また、政府関係者に対しても、普天間の固定化を避けるための「暫定分散移設案」を進言してきた。
(3) 日比議員連盟総会が5月初旬マニラで開催され、二国間の防衛協力や沖縄基地問題が討議された。(民主6、自民5、みんな4、計15名参加)
(4) 訪比した日比議連メンバーを中心に、沖縄基地問題の解決に向けた国会内での動きを加速し、単に与党内にとどまらず、この動きを超党派に広げていくことが現段階で重要である。
(5) 米側が秋ごろまでに再編見直しを行っている間に、日本側より「暫定分散移設案」の中身について、即ち具体的候補地名を提示することが喫緊の課題であり、これに間に合わせることが唯一最も有効な解決策だと思考する。
Ⅳ.暫定分散移設先候補地    
(1) フィリピン
   5月初旬に日本フィリピン友好議員連盟(会長:石井一参議院予算委員長)の国会議員15名がフィリピンを訪問し、アキノ大統領、上・下院議員、政府高官等と意見交換を行った。そして比側議連との間で、共同声明を発表するに至った。
       
                 比日・日比友好議員連盟 共同声明 第8項 (2012.5.4 マニラにて)

両国議員連盟の代表は、両国の防衛当局間及び海上保安機関間の交流及び協力強化の必要性につき議論し、比沿岸警備隊の能力向上のために、日本が多目的巡視船供与、通信システム改善、人材能力強化を積極的に行うことが重要であることを確認した。日本側議連は、日本の自衛隊が比憲法の条文に従って、フィリピン周辺における軍事訓練に参加することが重要であると強調した。また、沖縄の負担軽減のため、米軍の沖縄における訓練を比国を含む複数の地域で交替で実施することを提案した。

   フィリピンは憲法上、外国軍基地は禁止されているが、「訪問米軍に関する協定;Visiting Forces Agreement」に基づく「訪問」は認められており、「バリカタン」と称される共同訓練のための米軍事顧問団や、対テロ戦争のためとしてミンダナオ島サンボアンガ市に常時600名程度の米兵が存在している。
最近の南シナ海における中国の違法行為は目を見張るものがあり、深刻な安全保障上の問題を提起している。比国有の領土であるスカボロー礁への侵略は国際法違反であり、日米比が協力して対処しなければならない。
今後の日比防衛協力体制を進めるため、総会後再度マラカニアン大統領府を訪ね、Michael Frederick L. MUSNGI: Under Secretary for Special Concerns, Office of the President (特別懸案事項担当官房副長官)と会談をもち、日本の防衛省当局との基地に関する直接交渉を進めてもらうことになっている。今後の交渉によっては、当初は訓練基地としてスタートし、その後拡大していくことは可能である。

(2) グアム・アンダーセン空軍基地
 6000ヘクタール、駐在米兵2000人

(3) テニアンおよび北マリアナ諸島
   駐在米軍基地は存在しないが、島の北部は軍用地となっている。面積は約6000ヘクタール、4本の滑走路がある(その内3本はジャングル)。北マリアナ諸島にも可能性を追求できるのではないか。

(4) その他外国基地(ハワイ、オーストラリア、米本土、韓国ほか)

(5) 横田基地など、国内に存在する米軍基地
   横田;約700ヘクタール、文民共用化を東京都が希望

(6) 日本周辺の島礁部の活用
   これまでに提唱された島々で、緊急時の補助滑走路などの建設も地元が許せば可能である(徳之島、馬毛島、宮城島、下地島、伊江島、その他)

(7) 全国基地協議会の中で理解ある自治体
   再編に関係する米軍基地等の所在する55市町村に平成18年11月、理解の取付を実施した。その結果は、「容認またはやむを得ない」等、理解を示した地方公共団体が38(8都道県30市町村)であった。

Ⅴ.結論
 米軍が全世界に展開している戦力(総兵力160万人、総予算60兆円)の大々的な再編成をしているこの機を逃すことなく、日本政府、国会、そして沖縄が一体となって沖縄の基地負担軽減に向けて取り組んでいかなければならない。
 最終的には世界戦略の安全保障上の問題としてアメリカ国防総省が再編計画を最終決定するものであるが、我が国としては国外、県外の候補地を米側に提案してその選択を求め、同時に地元である沖縄の、これまでの恩讐を乗り越えた新たな見地からの理解がなによりも肝要である。
   戦後の沖縄の基地の歴史と変遷をみるとき、わずか0.6%の領土に74%の基地を押し付け、沖縄県民には不毛と苦難を強いてきたことへの深い反省の上に、新たな決意をもって、この最大そして最後の機会を逸することなく問題解決に邁進すべきである。