民主党建て直しの意見書(私案)発表

   私は、民主党筆頭副代表に復帰後、31日に行われた党常任幹事会において、「民主党の建て直しに関する意見書」の私案を提言致しました。
 その内容は、Ⅰ.政党所属議員としての自覚、Ⅱ.なぜ不人気なのか、(1) 民主党の組織原理、(2) マニフェストと基本政策、(3) 日本の政治制度のしばり、Ⅲ.どのように党を建て直すか等、私なりの考えをまとめたもので、 自民党から政治家の経歴をスタートさせ、自民党離党後は新民主党結党に参画、現在もそのまま籍を置き、長年の政治生活を通じて幾つもの政党を見てきた私だけに、現在の民主党という政党が本来もつべき姿について発言する多少の資格があるように思い、以下は、その視点からの民主党の建て直しに関する意見書の全文であります。

Ⅰ.政党所属議員としての自覚
 政権獲得後に限っても、既に少なからぬ数の国会議員が離党した。離党にはそれぞれの理由があるだろうが、一般論としていえば、現職議員の離党は何よりも、有権者に対する裏切りである。衆議院、参議院にかかわらず、現在の議席は民主党の候補として得たものである。本人は、自分の実力で得たと思っているかもしれないが、民主党のブランド、組織的支援態勢、資金、宣伝活動、そして何より有権者の民主党に対する期待によって得られた。更にその背後には、長年にわたり党を自民党に対抗する勢力に育て、国民の期待を膨らませてきた民主党関係者の努力がある。離党は、それらの同志と、有権者への裏切りである。
 私は1993年自民党を離党したが、それは冷戦の終結と右肩上がりの経済の終焉という大きな歴史の曲がり角で、五年にわたる政治改革論議の果ての離党だった。戦後の自民党一党支配のみを許す中選挙区制度を改革し、政権交代可能な二大政党制の新しい政治体制を作るという固い決意と覚悟の下での集団離党だった。我々の決断に対して、国民の熱い期待が盛り上がるのをひしひしと感じた。そしてその後の総選挙では離党グループは大幅に議席を増やし、38年ぶりの非自民党政権を樹立し、その後につながる日本政治の大きな構造転換をなし遂げた。
 そのときに比べると、今回の離党劇は、歴史の必然や国民の期待に応えるというより、民主党の不人気ぶりから逃げ出しているように思われる。政治家としての国家観が感じられないのは残念だ。日頃はスポットライトを浴びることのない議員も、離党届をもって幹事長室に行けば、大勢のカメラマンたちが待ち構えていて、届け出後には自分が主役の記者会見が待ち構えている。そして選挙区で「消費税反対」、「原発反対」を叫べば、よくやってくれたと称賛の声も寄せられる。不人気な民主党に残るより、余程良い選挙運動になるだろう。しかし、それだけのことである。程なくマスコミと有権者の関心は去り、選挙で生き残ることは難しい。政党は、選挙を共同で戦い、政権を獲得して自分たちの政策を成し遂げようとする人々の共通財産である。今はいかに不人気とはいえ、民主党はなお長年かけて築き上げてきた同志と支持者の財産であり、それを大切にし、再生させていくことこそが、国民に対する務めであるとともに、政治家としての歩まねばならない道である。

Ⅱ.なぜ不人気なのか
 目下民主党が不人気であることは間違いなく、我々はこの事実から目を背けることはできない。しかし自民党の支持率が伸びていないことも確かであり、ただ民主党政権が期待外れだった分、次回総選挙での自民党への投票予想が相対的に高くなると想定されているだけに過ぎない。マスコミの調査では、既成政党批判の高いとこにも維新の会への支持が高く、国政選挙では大幅に議席を獲得すると予想する向きもある。しかし小選挙区制度の下、全国津々浦々で二大政党が対峙している現状で、大阪、名古屋、首都圏などを除いて、新党が全国的な大きな拡がりが期待出来るだろうか。きちんと経験を踏まえた政策を堂々と訴えていければ、維新の会など恐れるに足りない。我々としては、民主党を甦らせ、自民党一党支配終焉後の安定的な二大政党制の欧米型政治システムを構築する必要性を、国民にしっかり理解してもらうことが重要だ。
 なぜ不人気なのか。不人気だといって逃げ出す人がいるから、益々不人気になるという負のスパイラルに入っているように見える。執行部は、逃げ出すことは、党は勿論、本人にとっても賢明なことではないことを納得させ、この負のスパイラルを止めなければならない。党を離れて次期選挙に勝利するには余程の蓄積がなければ不可能であることは次期総選挙の結果、明らかに証明されることになる。

(1)民主党の組織原理
 民主党の不人気の原因が、期待が高かったのに政権獲得後十分実績をあげることができずにいることにあるのは間違いがない。更に実績があげられない理由として、民主党の組織原理、バラ色に過ぎたマニフェストと、更に日本の政治制度のしばりの三つが考えられる。

 まず民主党の組織原理の問題から取り上げるが、比較のために自民党の組織原理について述べると、派閥、族議員、官僚依存、当選回数主義、年功序列、全会一致主義である。これらは、政権の独占、利益誘導政治、政官財トライアングル、中選挙区制を前提にした組織原理である。更にその背景として、米ソの冷戦構造(国内政治的には保守対革新)と高度経済成長があるのだ。西側自由主義圏に属する保守政党であることが政権の独占を可能にし、高度経済成長が政治を利益誘導的なものにした。更に同士討ちのある中選挙区制が、派閥と族議員を生み出した。

 民主党は、自民党が有していたこれら組織原理の背景をすべて欠いている。というより、自民党政治の背景が失われたが故に、一党支配、利益誘導政治が否定され、政治改革を経て民主党が生まれ成長してきた。これは日本の政党政治の画期的な側面であった。しかし、自民党の組織原理はそのままでは民主党に適用できず、その結果、体質の異なる二大政党が定着しつつあることは事実である。

 しかし自民党型の組織原理に代わる新しい政党のアイデンティティを、民主党はまだ確立できずにいる。のみならず、自民党型政治を否定する余り、それがもっていたプラスの部分も同時に捨ててしまった。過度の政治主導はよく指摘される点である。それ以外にも、例えば憎まれ役を覚悟で言うが、自民党にはそれなりの秩序とルールがあり党内規律と長幼の序があった。しかし民主党は、若手に高学歴の立派な経歴の議員が多いせいか、合同総会での発言などを聞いていても、まるで節度を逸脱し無法状態になっている。そんなものは、古い時代の遺物だと言われるかも知れないが、しかし組織に規律をもたらすルールとモラルは有意義であるし、それを否定するならそれに代わる規範を確立しなければならない。

 派閥も、その弊害ばかりが指摘されたが、プラスの面もあった。党に組織面でも政策面でも秩序をもたらし、また何より個々の議員の面倒を見てくれる存在で資金の源泉でもあり、人事のよりどころでもあった。民主党でそういう類の組織がほとんど存在しないことが、離党者の発生に繋がっているようにさえ思われる。

 どういう対応が考えられるか。政党にはそれなりの党の序列とカルチャーがなければならない。その点、歴史のある自民党だけでなく、公明党や共産党でも議員の序列や独特のカラーが感じられる。浅い歴史の民主党は右から左まで種々雑多の構成でピンからキリまである。代表が一年ごとに幾度も交代したが、何かあれば、その度々、反対派が出て足を引っ張る。相手をいたわる情や温かみがなく情けない。派閥は難しい問題であるが、同じ政党で同志感を育成し、プロック組織を強化するなどもう少し知恵を出す必要があるだろう。

(2)マニフェストと基本政策
 2009年マニフェストが国民に大きな期待をもたらし、それが政権交代の原動力になったことは間違いない。一方で、実現可能性が十分でなかったために、国民に期待外れの印象を与え、不人気の原因にもなっている。更にマニフェスト遵守が党内の造反や離党の大義名分となり、野党がマニフェスト放棄を迫って、国民の民主党に対する信頼を損ねようしている。マニフェストは現在の民主党の最大の鬼門となっている。

 マニフェストは、「景気を回復し、減税して国民生活をゆたかにします」とか、「生きがいのもてる老後を作ります」など、従来の自民党の選挙公約のように、聞こえがよいだけで実現したかしないかはっきりしないような政策を、しかも総花的に掲げたり、野党はそれに対して財源の裏付けのないバラ色の公約や政策を掲げたりしていたことに対する反省から、数値目標、期限、財源を明記して実現状況がチェックできるようにしたものである。しかし、そのこと事態大変無理なところがあったことを反省しなければならない。

 元祖のイギリスでは、マニフェストで掲げた政策は、選挙で勝利して政権を獲得した場合には、実施する正統性を獲得するが、マニフェストに書いていないことは、してはならないわけではなく、新たに国民への十分な説明の義務が生ずると考えられている。そうでなければ、政治は刻々変化する事態に対応できないからである。従って目下わが国で、マニフェストを遵守したとか棄てたとかの議論が真剣に行われているのは、ある意味で問題だと思う。

 2009年マニフェストの特徴は、野党の作成したマニフェストが、政権のマニフェストになった初めてのケースだった。それだけに、甘い部分があったのは間違いない。無駄を削除しさえすれば財源が出てくるように言ったが、果たして16兆円の財源が出て来たのか。現実にはその無駄にぶら下がって生活している人も多い。無駄は削除しなければならないのは当然だが、簡単に削除できるかのように考えた点に甘さがあったことは否めないだろう。そのような部分は、次回のマニフェストに向けて釈明し正していかなければならない。しかし2009年マニフェストの意義、特にその理念を積極的に国民に説明していく必要があるのではないか。現在は逆に、「ばらまき4K」など、自民党の逆宣伝にうまく使われている。

 重要なことは2009年マニフェストの基本である。国民の生活の重視、税金の無駄遣い根絶、育児優先、コンクリートから人へ、中央集権から地域主権へなどで、これらは民主党の政策の根幹として生かされている。予算や具体的な政策は、自民党時代と比べて様変わりしつつある。「ばらまき4K」の悪口に負けずに、これらをもう少し丁寧に国民に説明しなければならない。

更に大切なことは、次の総選挙に向けてのマニフェストである。解散になってから、いきなりどこからかマニフェストが前回のように降ってくる事態はさけなければならない。過去のマニフェストを遵守するか否かの収拾のつかない議論を繰り返すより、2009年マニフェストの不十分さの自覚と反省の上に立って、今度は政権にある立場から、実現可能で、かつ民主党の基本理念に適ったマニフェストを作ることだ。そのために少数の政策マニアで素案をまとめ、その後全議員が参加して総選挙までに議論することが、現在の民主党にとって最も必要な作業である。

(3)日本の政治制度のしばり
 政権獲得後民主党が十分な成果を上げることができずにいる大きな理由は、参議院のねじれである。このために民主党の政策を自由に実現できる状況ではなくなっていることも事実である。このようなときに、「民主党の政策に従って参議院で修正」と言っても、非現実的なことは自覚しなければならない。

 ねじれは、自民党一党支配が失われた後は、今後どのような政権ができても生じうる。仮に今の野党が政権についても、ねじれに悩まされることになるから、今のうちに野党とねじれの場合の両院の意思調整の仕組みについて協議しておく必要があろう。

 日本の政治制度のしばりで今述べた 1)両院議員協議会の改革の他にも重要な政治課題として 2)行政機関法定主義の見直し 3)衆参両院選挙制度の抜本改革、など、日本政治の根幹にかかわる問題が放置されている。これらの案件は政権政党である民主党政権として問題意識をもって対処しなければならない。将来どの政党が政権をとっても直面する大きな障害であるが、小文では課題外であるのでここでは割愛する。

Ⅲ.どのように党を建て直すか
 これまで述べたことを基に、民主党をどう建て直すかを整理しよう。まず全議員が、民主党によって当選してきたが故に、民主党議員として責務を果たすことを確認する必要がある。特に現在我々は政権党の立場にある。かつての自民党政権下の利益誘導政治と違って、政権党のうま味は減っているが、それでも政権党であるからこそ有権者の期待に応えられる部分は大きい。そのことを自覚するとともに、一方で、特にねじれ下の政権党は、野党に譲らざるを得ない部分も大きいことを理解する必要がある。理想を言っていれば済む野党と違って、政権党は政策を実現する責務がある。そのためには、その代償として野党に譲らざるを得ない事態が生ずる。これを克服するのは、参議院選挙に勝つか、新たな連立で、衆参を通じた多数派になることだが、この点は目下の課題の範囲を超える。

 そのうえで、民主党の組織のあり方を再検討する必要がある。政策決定過程について見直しを行うことになっているが、個人的には自民党の総務会を参考にした仕組み、あるいは、民主党の常任幹事会にある程度の政策決定の権限を与えるなど考えられるのではないか。また知恵を出せば民主党的な政策決定のメカニズムを生み出すことも可能である。

 組織の再検討に当たっては、派閥、族議員、官僚依存などの自民党の組織原理が時代遅れになった自覚のもとに、新しい政党モデルを提示することになる。その場合に必要なことは、全議員の意識改革、党内秩序の確保、議論を盡くすにも限度があり、民主的プロセスを経て「決められない政治」からの脱却をはかり、同志としての歩み寄りの文化、年功序列など、新しい民主党のカルチャーを早急に生み出さねばならない。これらの点については、識者の知恵も借り、しかるべき機関で検討するのが良いのではないか。

 当面最も大切なことは、次回に向けてのマニフェストの準備である。2009年マニフェストの至らなかった部分は率直に認め、政権運営の経験を踏まえて、かつ民主党の基本理念に沿った現実的、具体的なマニフェストを早急に作成することである。

まとめ
 民主党に対して国民の厳しい目が向けられていることは間違いないが、自信喪失に陥る必要はない。今からでも遅くはない、次の勝利を信じて一致結束して頑張ろう。今日までの民主党は利益誘導型の自民党時代に代わる人間中心の政治への転換を目指して国民の支持を得てきた。
最近の世論調査をみても、自民党との支持率の差はあるが僅差であり、射程圏内であるといえる。これでは2005年の郵政解散選挙と2009年の政権交代選挙のような与野党の劇的な選挙結果はありえない。二大政党下での激戦接戦が予想される。私どもとしては民主党を蘇らせ、自民党の一党支配、利権政治の終焉後の安定的な政治システム構築する必要性を国民にしっかり理解してもらう必要がある。
現段階を新たなスタートラインとして全議員が一致結束、火の玉となって戦っていくならば、幾分の議席減は避けがたいとしても、小選挙区制でひっくり返せる選挙区は全国に散在している。総選挙で比較第一党の地位を確保さえすれば新連立構想による政権継続は決して不可能とは言えない。ネバー・ギブ・アップ!!前進あるのみである。

副代表に復帰!ロイター通信インタビュー

   私は、小沢元代表ら49名が離党後の役員人事で民主党副代表に復帰致しました。 
   7月26日にロイター通信のインタビューに応じ、衆議院の解散時期、次期衆院選の大阪維新の会、あるいは小沢新党の動向など私なりの私見を述べさせていただきました。
   衆院解散・総選挙時期については、「年明け早々の1月解散」の可能性を指摘し、自民党などが主張する社会保障・税一体改革関連法案成立後の早期解散は「自爆解散だ」であり、消費増税法案は今国会会期内に確実に成立させ、同法案の成立に政治生命をかけるとして退路を断って取り組んだ野田佳彦首相(民主党代表)の9月民主党代表選では、再選は濃厚であり、当然のことであります。

   インタビューの詳細は以下の通りであります。

<民主党は野党転落、比較第1党は自民に>
NHKの直近7月の世論調査によると、政党支持率は民主党が15.2%、自民党が19.8%と、自民党が民主党を5%ポイント弱上回っている。日本テレビが7月20日─22日に実施した世論調査でも、政党支持率は民主党が政権発足以来最低の14.4%に低下。自民党も前月より低下したが21.5%と民主党支持を上回った。
選挙後の各党勢力図について石井氏は「自民と民主とその他の政党が3分の1、3分の1、3分の1ではないか」とし、最近の世論調査を前提に予測すれば「第1党は自民、第2党が民主、第3党以下が中間政党」と民主党大敗は避けられないと見通した。
躍進が見込まれる「大阪維新の会」については、橋下徹代表(大阪市長)の動静が不透明なことや、国政での問題処理能力が未知数なことを挙げ、支持率上昇は「ご祝儀」と手厳しい。
単独で過半数を獲得する政党はなく、選挙後の政権の枠組みは、第1党と中間政党、第1党と第2党の大連立、「オリーブの木」と称される小政党の集まりなど選択の余地はあるとした上で、石井氏は「自民・公明に、維新の会がくっついているとすると、この3党が与党を形成する可能性が一番高い」との見通しを示した。
自民・民主の大連立については「可能性も否定はできない」としたが、「第1党から総理を出し、第2党から副総理を出して強固な政権のもと、難問を解決しようという機運が起こってくればだ」と語った。
一方、民主党中心に第3極と連携する可能性は「例外的にあるかもしれない」と述べるにとどめ、「民主党は3年政権を取って十分マニフェストも達成されていない。1度、下野する選択の方が(可能性が)高いだろう」と野党転落の可能性を示唆した。

<衆院解散時期「年明け早々」、特例公債法で追い込まれれば「今秋解散」も>
衆院解散・総選挙の時期については「一番濃厚なのは、年明け早々の解散・総選挙」とした。社会保障・税一体改革関連法案成立直後の解散では「(選挙制度改革実現前で)違憲の判決を受ける可能性がある」ほか、民主党が負けることが予想される中での「自爆解散だ」とけん制した。
「秋の解散説」も「特例公債法案など、『解散』を人質にしなければ(法案の成立が)見込めないと追い込まれた場合には、その可能性もある」と語った。その上で、常識的には、特例公債法など残された重要法案を処理し、年末に来年度予算案と税制改正を成し遂げ、来年1月の通常国会冒頭が可能性として一番高くなっているとした。

<消費増税法案は確実に成立へ>
足元、消費税政局は、消費増税を含む社会保障・税一体改革関連法案の採決時期をめぐって与野党の攻防が激化している。法案成立後に、早期の衆院解散を求める自民党などが内閣不信任決議案や首相問責決議案を提出すれば国会の空転は避けられず、野田政権は綱渡りの政権運営を迫られている。
しかも、小沢一郎氏が離党し新党を結成した後も、民主党内からの離党の動きが続き、17日には参議院議員3人が新会派「みどりの風」立ち上げを表明した。これで、参院の民主党会派と第2会派の自民党会派との差は「2人」まで縮んだ。さらに3人が民主党会派を離れれば完全に逆転してしまう事態に、民主党執行部は早期採決に慎重な姿勢を崩していない。
お盆前後の採決日程をめぐって攻防が続くが、石井氏は「消費増税法案は参院で採決し、確実に成立する方向にあると言ってよい」と言明。離党者もこれ以上続かないだろうとしている。
法案に反対しながら党内に残り、増税反対の動きを加速させている鳩山由紀夫元代表についても「そんな恥ずかしいことができるかということだ」と離党の可能性を否定した。

<小沢新党は「大義が薄い」、選挙後は1桁か>
石井氏は政治改革を旗印に自民党を離党し、一時期、小沢一郎氏とともに行動をともにした1人。だが、小沢新党に対する目は厳しい。
小沢新党の「大義は薄い」とし、マニフェストが変わったと主張するのであれば、党の代表や幹事長を務めた小沢氏にも「共同責任」があると指摘。「反消費増税・反原発というが、もともと小沢氏は消費税にも賛成だったし、原発にも賛成だった政治家だ。現実の政権政党にいるものとしては『増税は避けて通れない。原発は必要悪であってもこれをなくすわけにはいけない』ということは皆、大体わかっている。後付けの理由のように見えるため、国民は新党には大きく期待しないという状況になる」と述べた。
その上で、総選挙後は現有の37人から大幅に減り、「当選の可能性が見えるのは5人程度、1桁だろう」と述べ、キャスチングボートを握る大きな勢力にはなりえないと展望した。

BSフジ「プライムタイム」に出演

  私は7月3日(火)、BSフジ「プライムニュース」に出演し、『“小沢一郎”徹底分析 新党・連携見直しは?』をテーマに論陣を張りました。今回は小沢グループが新党を立ち上げた直後でもあり、自民党→新生党→新進党と同じ釜の飯を食い、民主党・自由党の合流、いわゆる『民由合併』を導いた私に白羽の矢が立ったもので、番組内のやりとりは以下の通りですが、多くの視聴者の方から絶賛の声を頂きましたので、この場をお借りして改めてご報告いたします。

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八木キャスター「49人の離党が出たことについては」

石井 一「誠に残念ですね。まあ民主党の醜態をさらけ出したということがありますが、何らかの挽回方法もあるでしょう。これから1つそれを進めていかなければなりませんね。今度消費税に賛成反対って言っていますけれども、私から言えば、それ以前の政局といいますか、やはり体質の違いが露呈したとこういう感じがするんですね。水と油ですよね。その2つのグループの、野田グループとそれから小沢グループは1993年の、19年、20年前に我々は自民党を離党しました。その時は自民党一党体制を破って2大政党制を作る。小選挙区を導入し、細川内閣で政治改革の法案を上げたでしょ。私が特別委員長をやっていましたけど。その時は本当に夢と希望を持って邁進して飛び出したんですよ。ところが、この10年間、小沢一郎さんという人物は、新生党を作り、新進党を作り、果ては自由党を作り、自自公と言って自民党と中まで入っていったわけでしょ。私はその間一切行動を共にしなかったのですが、2003年に民由合併というのがあったんですね。この時に私はたまたま野党統一をまとめる、野党結集委員長というのをやっていたんです。そこで私は小沢さんの所に行きました。『いっちゃん、我々が自民党政権をひっくり返して新しい政治を作ろうと思っている時に、バラバラになっていたら仕方がないよ。一緒にやろう。あんたは50人の党首だ。我々は幼稚で若い者はたくさんいるが、200人を超えている政党だ。一緒になれば次の選挙に勝てるんだ』と言ったのですが、彼はなかなかうんとは言わなかったね」
 
反町キャスター「乗り気じゃなかったんですか?」

石井 一「最初は渋りましたよ。しかし、自分の好きなことをいつまでやるの。日本の国の政治を動かすんなら、当然与党と野党の片割れの中で闘うべきじゃないかということを言いました。その時の代表が菅直人さんでしたからね。菅さんも説得した。ものすごい抵抗があった、両方ともに。民主党の中の抵抗は、現在も顔が全部浮かびますから名前を言ってもいいんですが、小沢さんを入れたらごちゃごちゃにされちゃう、過去ずっとそうじゃないの。我々民主党は純化路線でいくんだと言うんですよ。何が純化路線だ。一緒になって初めて力がつくんじゃないか。私は説得に説得を続けて最後に小沢一郎さんはそれを承諾した。そこで、小沢さん、名前をどうするのか。向こうは自由民主党だけれども、こっちは民主自由党でどうか。名前はどうでもいい。民主でもいいのか、そりゃいいよと。こいつはいいなあ。その次に君の人事はどうするんだ。2人代表というわけにもいかんし、代表代行はと言ったら、何もいらんと言うんです。僕はこの男は大物だと思いましたよ、その時。本当にやるのかと思って僕は注意深く見ていた。ところが、2003年から2006年まで無欲を貫いたんですよ。彼は何も求めず。私はこの男を総理にしてやりたいなとその時思いましたよ。それぐらい腹が据わっていた。言ったことも守った。そうしてその間、菅直人さんから岡田克也さんに変わり、前原誠司さんにまでいったんですよ。その時までただ無役で座っていたんですよ。そこで2006年に彼は堀江Eメール問題で代表に出てきたわけですね。さて、2007年の参議院選で大勝しました。ねじれ国会ができ、民主党は有利な政治的立場に。2009年で政権交代したんですよ。その間、小沢さんは大きな働きをしました。小沢さんが入っていなかったら、政権交代がもう少し遅れていたかもしれないし、あれだけの大勝はなかった。彼はその時代表もやって、代表を降りて鳩山さんと代わって幹事長になり、選挙を指揮していったわけですよ。猪突猛進だったんですよ。政権交代をやったわけです。現在の消費税を上げるや下げるやというのは、もしそういうことを言うのならば、自分がいた時にやればいいわけであって、これは皆共同責任です。政策の問題じゃないですよ。体質が違うんですよ。その時に、民主党の現在主流にいる連中が小沢さんだけは嫌だと言った。私がそうじゃない。一緒にやるということを強く主張しました。両方が妥協した。そしてまとまった。しかし、現在これが起こっているんですね」

八木キャスター「今回の小沢新党をどのように見ていますか?」

石井 一「だんだんと誰かが言っているように、しっかりした側近が少なくなってきている。それから、まだまだ経験の薄い議員ばっかりである。そして選挙地盤が弱い。私は今度の新党にいく心境の1つとして、現在民主党にいてももう次になかなか選挙に展望が立たない。しかし、新しいことをやれば小沢神話と、そして反増税と反原発ということで、何らかのブームが出て来るんじゃないか。自分は比例の選挙区がない。だけれども、新党にいけば選挙区が与えられる、少しでも前進するという。やはり彼らも議員としての議席をキープしたいという願望もあると思いますから。それはやはり動機がかなり違ってきていると思います」
八木キャスター「小沢さんはどうして新党を作ろうとしたのですか?」
石井 一「民主党は自分とは異質なものだな。自分が陸山会事件で苦しんでいる時に、彼は口には出して言いませんが、党に対して自分が汗を流してやってきて、政権交代を果たしたけれども、現在党の主流が自分に与えている試練は、党員資格の無期限停止、判決が出るまでということをやっているわけでしょ。ルールを守るのは重要ですけれど、情を持って人を遇するということもないと、小沢さんとしても、今回の動機だとは言いませんよ。しかし、私から見れば、彼の中にガッとくるものがあったというふうに思いますね」

反町キャスター「小沢新党に将来とか、勝算があると思いますか?」

石井 一「これはまだわかりません。現在のところ、国民の世論を見ても、厳しいものがあります。彼も繰り返し党を立ち上げましたから、国民のサイドから見て、またやるのかというふうになりますけれども、他党との連携と、オリーブの木。オリーブの木の中に、小沢さんの実りがあれするかというか、不透明ですから。今のところ。わかりませんけど、政界の流れ方によってはということはあります。選挙をやりますと小沢新党は苦しいです。その後残る人は何人になるかということを考えましたら、現在の状況だと、小沢一郎さんも顔では笑っていましたけれども、心ではかなり厳しいものを感じでいるんじゃないかなと私は思います」

反町キャスター「議員の中には、小沢さんを1度総理にしてみないかという方がいるんですよね」

石井 一「今度のようなことをせずに、2003年から2006年まで、黙って無役で耐えたような形でやったら、場合によっては代表選挙で勝つチャンスもあったわけですよ。この前200票をとっているんですから。それをこういう形で立ち上がって、野党連合ができるという場合、自ら道を閉ざしちゃったな。1回総理をやらせてもいい男ではないかと思うが、やはり今度の行為はいささか彼にとっては気の毒な行為だったなと思います。いいところまで来ていたんですが、陸山会事件です。これは彼にとって不幸な事件だと思うんです。不起訴になって、検察審査会でさらに起訴されて、それも無罪になって、それでもまた控訴されているわけでしょ。その間やはり代表選挙に刑事被告人は出られないじゃないですか。最も重要な時期にそういう目に遭わせたんですから、私は、それに対しての恩情が少しは民主党にあってもいいと思うんですよね。民主党の原理主義者というのはむちゃくちゃなんですよ。こういうことにはブレないんです。それならマニフェストをもっと守れと言いたいね」