予算委員長として橋下徹・大阪市長と懇談

讖倶ク狗衍莠祇convert_20120222181922莨贋クケ遨コ貂ッ_convert_20120222182009 
(上段:橋下大阪市長と懇談   下段:伊丹空港視察)

   私は、参議院予算委員会の委員長として2月16日(木)と17日(金)の両日、委員会所属の15名の委員と派遣団を結成し兵庫県、大阪府の視察を行いました。
   参議院予算委員会では、例年、この時期を利用して、地方の経済・財政の状況を把握し、予算審議に役立たせることを目的として、委員派遣を実施しており、兵庫県への訪問は5年ぶり、大阪府への訪問は8年ぶりで、今回は、東日本大震災からの復興を加速化させるにあたって、阪神・淡路震災からの復興を経験した地域から教訓を得ることが有益である点や、私が委員長を務めるていることもあり、総合的に判断した結果、兵庫県及び大阪府を訪問することとしたしだいです。
   初日は、パナソニック(株)エナジー社加西グリーンネナジーパーク、(独)防災科学技術研究所兵庫耐震工学研究センターを視察いたしました。
 パナソニック(株)エナジー社加西グリーンネナジーパークは、環境経営に関し意欲的な取組を行っておられ、とりわけ、こちらの加西グリーンエナジーパークは、パナソニックグループが目指す「環境革新企業ナンバーワン」を実現する象徴的な拠点とのことであり、我々も大変興味深く見学させていただきました。
   三木市に所在する(独)防災科学技術研究所兵庫耐震工学研究センターは、「災害から人命を守り、災害の教訓を活かして発展を続ける、災害に強い社会の実現を目指すこと」と承知しております。我々としても、そうした研究の成果が、我が国の防災を担う新たな技術の確立につながると大きな期待をしております。
   二日目は神戸レインボーハウス(旧・震災遺児センター)、阪神・淡路大震災記念館人と防災未来センター、伊丹空港を視察いたし、昼食時の大阪市の橋下徹・市長を始め、幹部の皆様と懇談をいたしました
神戸レインボーハウスは、あしなが財団が主宰する施設など病気や災害、自死(自殺)などで親を亡くした子どもたちや、親が重度後遺障害で働けない家庭の子どもたちに対し、経済的、精神的な支援を行ってきた長い歴史を持っている。とりわけ、阪神・淡路大震災後に設立された神戸レインボーハウスは、震災遺児たちの心のひだをそっとすくうように子どもたちに寄り添い、悲しみを受け止める癒しの施設として活動を続けてきた。また、昨年の東日本大震災で親を失った震災遺児のために、東北地方にも同様の施設の建設を計画されていると伺っており、そうした取組が、子どもたちを元気づける大きな力になると我々も確信いたしました。
   阪神・淡路大震災記念館人と防災未来センターは、阪神・淡路大震災の経験を語り継ぎ、その教訓を未来に生かすことを通じて、地域防災力の向上、防災政策の開発支援を図り、安全・安心な社会の実現に貢献することを目的としており、実際に大型スクリーンの映像と音響効果により17年前に起きた阪神・淡路大震災を体現させた、地震を知らない世代の子供たちにも体感が伝わるシステムには、当時、震災を実際に経験し、自宅のベットから放り出された私からすれば悪夢が蘇るほどの迫力でありました。そこで、阪神・淡路大震災の経験及びその後の復興過程で得られた知見を広くお伺いし、東日本大震災からの復旧・復興に役立ててまいりたいという思いを強くいたしました。
 また、橋下徹・大阪市長との懇談では「大阪の考える大都市制度」及び足下における地域の経済・財政状況等を全般的にお伺いいたしました。橋下市長の大阪都構想については、私は以前より副首都構想の議論で旧知の仲でもあり、予算委員長としてではなく危機管理都市推進議員連盟会長としての立場で、危機管理センター(仮称)の関西圏での設置について提案いたしました。東日本大震災を教訓とし、引き続き副首都建設構想を推進するとともに、切迫する首都直下地震等の非常事態に対処するため、東京圏以外にバックアップ態勢として危機管理センター(仮称)は是非、早急に設置すること必要だと。
 最後の視察地である伊丹空港は、伊丹空港を含む関西3空港の在り方については、中長期的な関西経済圏全体の発展の姿を踏まえ、将来のビジョンを示さなければなりません。当面は利便性の良い都市内空港として存続すべきですが、いずれ近い日に3空港を2空港に統合してハブ空港化しなければ関西が、激しい航空競争に生き残ることはできないと、空港を見て更に思いを決めました。いずれにしましても二日間を通じて有意義な視察となったと確信しております。

第四次補正予算が成立

20120208+153547_convert_20120210164755.jpg20120208+153350_convert_20120210165022.jpg 
   2011年度第四次補正予算案は2月4日午後に行われた参議院本会議で、与党と自民、公明両党など、共産党をのぞく全党の賛成多数で可決いたし成立いたしました。
 本会議に先立つ参議院予算委員会で、各党の討論を経て採決、可決されました。四次補正には東日本大震災被災者の二重ローン対策、70~74歳の医療費窓口負担を1割に据え置くための経費やエコカー補助金、子宮頸(けい)がんのワクチン接種関連経費等が盛り込まれ、財源は、11年度の国債費の余剰分1兆2923億円や、税収が当初見込みを上回る分1兆1030億円などです。 
 私は、参議院の予算委員長として三日間にわたる集中審議の委員会を主宰し、その後、本会議に登壇、審議の経過と結果を報告いたしました。

 予算委員長として報告した内容は以下の通りであります。

 〔石井一君登壇、拍手〕
○石井一君   
   
ただいま議題となりました平成二十三年度第四次補正予算二案の審議の経過と結 果を御報告申し上げます。補正予算二案は、去る一月二十四日に国会に提出され、三十日に財務大臣から趣旨説明を聴取し、衆議院からの送付の後、二月六日から本日まで、野田内閣総理大臣及び関係各大臣に対し、質疑を行ってまいりました。
 以下、質疑の若干につき、その要旨を御報告申し上げます。
「円高・デフレに対して政府はどう取り組んでいるのか。社会保障と税の一体改革に際し、消費税の増税をどのように進めていくのか」との質疑があり、これに対して、野田内閣総理大臣及び関係大臣より、「円高への対応については、企業の立地補助金や中小企業への金融支援を拡充する一方、円高メリットを生かして海外の資源や企業を取得する体制づくりを進めているところであり、新成長戦略や日本再生の基本戦略を着実に実行することでデフレ脱却を実現したい。消費税については、社会保障の安定財源として国民負担をお願いする以上は、行政改革や議員定数削減を含む政治改革に取り組むことが必要であり、今国会中に結論を出すことが大事である」旨の答弁がありました。
 質疑はこのほか、国民の立場に立った被災者の支援、特に豪雪、極寒に対する対策の必要性、二重ローン対策、国家戦略室等の法的根拠、日銀の金融政策の見直し、中期財政フレームの維持の可能性、新年金制度に関する試算の取扱い、沖縄基地の米軍再編と普天間基地の移設問題、自殺対策に対するGKB47、ゲートキーパー・ベーシック47の見直し、生活保護制度の再検討、原子力規制の在り方などにつき、多岐にわたりました。その子細は会議録によって御承知願いたいと存じます。
 質疑を終局し、討論に入り、日本共産党を代表して山下委員が反対、民主党・新緑風会を代表して植松理事が賛成、自由民主党・たちあがれ日本・無所属の会を代表して猪口委員が賛成、公明党を代表して石川委員が賛成、みんなの党を代表して中西委員が賛成、社会民主党・護憲連合を代表して吉田委員が賛成、新党改革を代表して荒井委員が賛成の旨、それぞれ意見を述べられました。
 討論を終局し、採決の結果、平成二十三年度第四次補正予算二案は賛成多数をもっていずれも原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 以上、御報告申し上げます。(拍手)
 

  また、四次補正を審議する第二日目の6日の委員会において、内閣府が3月の自殺対策強化月間のキャッチフレーズに決めた「あなたもGKB47宣言!」について、委員長としては異例の「見直し要請」を行い、それは直ちに政府で取り上げられました。GKB47とは、悩みを抱える人に声をかけたり、支援機関を紹介したりする活動「ゲートキーパー・ベーシック」の略。「47」には、47都道府県に取り組みを広げる思いが込められ、アイドルグループAKB48を掛けて名付けられたものです。
  事の発端は、民主党の若手参議院議員の松浦大悟(秋田県選挙区)議員が「生死と向き合う対策に不適切で関係団体も反対している」と自殺対策に取り組む全国の72団体が、このキャッチフレーズに反対していることで撤回を要求したことに対し、担当閣僚である岡田克也副総理が「(キャッチフレーズは)昨年11月に決まったことだ。あなたは与党の立場。国会ではなく事前に党内で議論のするべきこと」といったんは難色を示し、否定的な見解を述べて、既定方針を変更しない意向を示しましたが、私は人間の死に関する厳しい問題であり、看過することはできないと咄嗟にひらめきで異例の委員長発言をしました。私の発言は、翌日の新聞各紙に大きく取り上げられましたことは、その反響の大きさを物語っております。 
  
   委員会での私の発言は以下の通りです。

○委員長(石井一君) 
 静粛に願います。

○国務大臣(岡田克也君) 
 
そこで、松浦委員に申し上げたいと思いますが、確かにGKB47ですか、その言い方については賛否両論あるかもしれません。しかし、去年の十一月に既に決めたことで、松浦さんは与党でありますので、これはやはりその以前にいろいろと与党として御意見を言っていただく機会はなかったんでしょうか。基本的には、国会のこの場でというよりは、事前に与党と政府の間で調整すべき話だったのではないかと。そして、もう既にこれは動き出している話だということも申し上げておきたいと思います。

○委員長(石井一君) 
 
この際、委員長として一言申し上げます。まず、ここで議論をしておることは自殺という厳粛なる人間の死に関する問題であります。そのことで激しいやじを浴びせるということは、自殺者の家族その他の皆さんに対してもどれだけの影響を与えるか、国会の品位が問われる問題であるということを申し上げたい。それと同時に、今いろいろ議論をされましたが、松浦大悟委員の主張、非常に胸に迫るものがあります。政府としては、過去の経過はいかであれ、再度この名称について検討することを僣越ながら委員長として要請しておきたいと思います。

○松浦大悟君 
 委員長、ありがとうございます。 

 その後、この委員会では、野田総理と藤村官房長官が私の発言に理解を示して対応を引き取りましたが、翌日には岡田副総理が記者会見で、内閣府による3月の自殺対策強化月間のキャッチフレーズ「あなたもGKB47宣言!」を撤回するとの発表に繋がったことは言うまでもありません。
 その予算委員会の様子は、NHKで全国放送されていたため、多くの視聴者の方から私の委員会運営に好意的な意見が数多く寄せられました。その中から感激すべき一文がありましたので、以下にご紹介させていただきます。

石井 一 様
 はじめまして。
 今日、たまたまチャンネルをまわすと参議院予算委員会のNHK生中継をしていました。松浦大悟氏が質疑の最中でした。どんな話をしているのかと、消費税引き上げも気になり、しばし観ていました。AKB48をもじった標語に対しての撤回の申し出に対して、いろいろなヤジの飛び交う中での討論、ヤジが多くて聞き取りにくい場面がある中、松浦氏の再検討の主張にたいして、決まった事、ポスターもつくった等との理由で全く相手にしていない返答。正直、内容が内容だけにもっとシリアスになってもおかしくないと思う反面、国民に寄り添ってくれるのは選挙運動の時だけだから、こんなもんでしょと諦めていた矢先、石井先生が太く大きな声で、ご意見をおっしゃって頂けた事、驚くのと同時に心の底が熱くなり涙が止まらなくなりました。
 先生のご意見、たまにしか国会および予算会議等の中継を観た事がない私ですが、はじめて人として、人間らしい声を政治家の先生から聞けたこと本当に本当に感動しました。そして、自死遺族を援護して頂けた事心から感謝申し上げます。実は、私の夫も一昨年3月に突然家を出たまま再会したのは16日後、雨の降る寒い警察の霊安室でした。その日は、前の年9月に生まれた次男の定期健診日で、警察からの連絡は帰り道運転中に受けました。次男は、出産時566gの超低体重児で半年間入院していました。この半年間は、生きる、死ぬのハザマを行ったり来たり。それでも懸命に生き、家族の元に帰ってこれたのが2月24日。ようやく小1の長男と4人の生活が始められるとみんなで大喜びしのもつかの間、一気に奈落の深い深い底に落とされた感じで目の前が真っ暗になりました。長男には自死の事は話していません。また、今の私には話すことはできません。
 去年の震災のあった翌日、実は、夫の一周忌を予定していました。夫の実家は岩手です。内陸だったため、大きな被害はありませんでしたが、しばらくの間新幹線が不通だったため延期となりました。震災後、各被災地に支援物資が届けられる様子、慰問に訪れる各業界の有名人の方々の様子、プレゼントを受け取る子供達の姿の映像を見るたび長男は、「どうしてうちには誰もきてくれないの?どうしてうちは誰も助けてくれないの?」とぼそっとつぶやいていました。それを聞いた時、私は胸が詰まって何も言ってあげれませんでした。子供にとって、震災で親をなくすも自死でなくすもある日突然いるはずの親がいなくなった事になんの変わりもない事なんだなっと悲しく辛くなり、胸が張り裂けそうになりながら、ただただ子供達を抱きしめる事しかできませんでした。夫がいなくなるまで、贅沢もせず節約節約を念頭に生活するごくごく普通のサラリーマン家庭だったのが、ある日突然、住む場所にも困る今まで味わった事のない立場に立たされ、正直、二人の子供を抱えこれからどうやって生活していったらよいのか全く検討もつかず、子供達を連れ死のうと思った事は数え切れません。そして、その思いは今でも私を襲う事があります。それでも、どうにか生きています。今日まで、次男は入退院の繰り返しです。入院のたびに「覚悟をしてください」と言われてきました。そのたびに、「生きて!」と切に願う私もいます。「自死遺族を救う」「自死を減らす」簡単な事ではないと思います。
 私も、警察の薦めで自死遺族の会に連絡をしてみました。が、そこの方々の対応は想像を絶するほど、人とは思えないもので逆に連絡しなければ良かったと強く後悔した事を覚えています。家族を自死で失った者でないと判らない苦しみ、悔しさ、不安、絶望、憎しみ、辛さを経験されていない方々に軽く判ったような態度で応じられるのであればそっとしておいてもらいたいそれが、正直な気持ちです。政治家の方々が石井先生のような、人間身のある方々ばかりだったらどんなにかこの国も救われるだろうかと思います。長くなり本当にすみません。先生、本当に本当に強い主張を、ご意見をありがとうございました。
寒さが厳しい毎日、お身体にはくれぐれもご自愛くださいませ。また、どうかつたない文面をお許し頂ければと思います。
 ありがとうございました。 (東京都;匿名)

 政治家として、長く政治活動を行って参りましたが、このようなメールに接して、色々と批判されることがあっても、やはり政治家をしていて良かったと思う瞬間でありました。私は自己の信念を曲げず、常に正道を歩むという気概を持って生きてきました。今後もその初心を忘れず行動してまいります。